一級建築士の製図試験課題発表「美術館の分館」を見て思ったこと

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本日発表された設計製図試験の課題は「美術館の分館」

なにかもっとすごいのが来ることを期待していたが、案外普通だった。美術館と名の付く課題は何度も出ていて、直近では平成22年「小都市に建つ美術館」以来9年振りだ。

過去2回のサプライズ試験に取り組んだ経験から、課題文を見て思いついたことを適当に書いてみたい。

パターンの不在というパターン

リゾートホテルやスポーツ施設という楽しげな建物に続いて登場したのは美術館。いかにも建築学生が喜びそうな課題だ。それなら今年もオリンピックがらみで「令和元年のフットボール場」とかでもよかったと思う。

こんな娯楽的な課題ばかり続いてよいのだろうか。かつて老人保健施設や高齢者向け集合住宅が出題されていた時代に比べると、ゆとり教育のように見える。しかし実際は、ふんわりした課題で受験生をたぶらかしつつ、試験本番で揺さぶりをかける策略なのだ。

製図試験に何年も関わっていると、当たりさわりない課題文に隠されたメッセージがあるように思われてくる。推理小説のように「犬が吠えない」という手がかりもありえる。

びじゅつかんのぶんかん…武術館の敏感…観音化美術部…

とりあえずタイトルをアナグラム生成器にかけてみたが、ヒントらしきものは出てこない。

課題名が6文字というのは過去20年で一番短い。別館や新館ではなく分館。絵画館や令和館でもない。「…かんのぶんかん」と韻を踏んでいるところはユーモラスだ。実際には(屋上庭園のある…)という注釈がほかに移っただけともいえる。

差し当たって、毎年ウェブページの課題名だけが画像化されているのは気になる。昨年の標準解答例では、ダウンロードしたPDFのファイル名からリビジョンの可能性を推測することができた。今回はソースを見ても、1k-kadai-2019.pngという画像ファイルも含め、タグやコメントに情報が隠されている気配はない。

昨年課題発表時との違い

課題名にトリックがないとすると、気になるのはそれに続く要求図書と、留意事項・注意事項の文章だ。参考までに、昨年課題発表時のスクリーンショットを載せておこう。構成自体に大きな変化はないが、微妙な言い回しの違いが出てきている。

平成30年の一級建築士製図課題

(クリックで拡大)

1~3階平面図や断面図という要求図書は特に変わりがない。昨年の例からして、いきなり梁伏図や基準階が出てくることは考えにくい。

(注1)で「(本館)の隣地に…」と明記されている。素直に考えればTACブログが指摘するように、本館との一体的な使用が指示される可能性は高い。今年もまたA2サイズの特大敷地図になるのだろうか。

(注2)の「屋上庭園」は昨年の「温水プール」と同じネタバレ。「庭園」から連想されるイメージはプールより広くて定型化しにくいが、「屋上」とあるからには2階か3階につくるのだろう。リゾートホテルの露天風呂と同様、「屋根や上部構造があってもOKか」「容積率の計算に含まれるのか」といった議論が出てきそうだ。

(注3)は昨年より文言がシンプルになった。歩行距離など避難関連の用語がなくなった代わりに「建蔽率、容積率、高さの制限」が登場している。これは昨年の試験でミスした人が多かったせいだろう。

留意事項に「方位等」

留意事項は昨年とほとんど変わりない。ただし1行目の敷地条件に「方位等」と補足され、「空調負荷の抑制や自然光の利用」が追加されている。2行目の「省エネルギー」とかぶる気もするが、上の要求図書欄から「パッシブデザイン」の文言が消えた埋め合わせに見える。

「方位」が強調されているということは、ルーバーによる開口部の日射遮蔽はマスト。それに比べて、方角に関係のない地中熱や井水利用の環境対策は評価されない可能性がある。残念ながら今年もアースチューバ―の出番はなさそうだ。

方位「等」なので、他にも敷地内にイレギュラーな要素が潜んでいるおそれがある。美術館(本館)に関連する屋外彫刻や、遊歩道のようなものは普通に想像できる。本館の上層階から屋外庭園にアクセスする渡り廊下くらいは、予備校の課題でも当然出てくるだろう。

「隣地」とうたっているからには隣地境界線も存在するはずだ。今年も延焼ラインの対策は欠かせない。昨年の初出からしてずいぶんハードルが高かったので、いったいどんな判定条件が出てくるかワクワクする。(延焼ラインの予想問題はこちら

場所については今年も「小都市」や「市街地」という指定がない。ポーラ美術館やMIHO MUSEUMくらい山奥だったりするかもしれない。そして「傾斜地でない」とも言われていない。近年のサプライズ傾向からすると、敷地の地盤に何かが埋まっていたり、川が流れていても不思議はない。

足切り条件が具体化?

注意事項の最後の一文は、昨年に比べてかなり詳しくなっている。これがいわゆる足切ランクIVの該当条件を指すならば、法令違反(面積・防火関連)、要求図書の不備(計画の要点等も含む!)、主要な要求室の欠落などは即アウトと解釈することができる。

昨年急上昇したランクIV率に対して、JAEICにクレームが殺到したのかもしれない。足切り条件の存在すら推測の域を出ないブラックボックステストだが、この変更は試験元からのエクスキューズとみなせる。

受験生に対してひと言アドバイスできるとしたら、「計画の要点等」に自由記述のイラスト欄が出てきた場合、下手な絵でもいいので必ず埋めること。試験後に答案は回収されてしまい、標準解答例にも出てこない地味な記述欄。それでも要求図書の一部なので、「空欄=不十分」と解釈されるおそれは十分考えられる。

屋上庭園の予想

試験に向けて関連施設を効率よく見学するとしたら、屋上庭園のある美術館分館にあたるべきだろう。今年も公共施設なので、貸事務所や集合住宅より入りやすいのはラッキーだ。

個人的には「屋上庭園」のバリエーションに興味がある。わざわざ事前にリークしているということは、昨年の温水プールのように「一般的な構造(特に断面)を調べておけ」ということだ。断面図では確実に屋上庭園の切断指示があると思う。

屋上庭園がどのくらいの面積で指定されるかは見当もつかない。温水プールは18×10メートルという縦にも横にも置けるユニバーサルなサイズ感だった。庭園もプランニング上の強い拘束条件にはならないだろう。プールの一件からすると、標準解答例のひとつは1階に屋上庭園を設けてくるかもしれない。

施行令に「屋上庭園」という用語の定義があったかどうかは定かでない。似たような「屋上広場等」は令126条に説明があって、「1.1メートル以上の手すり壁、さく又は金網」が必須だ。屋上突出部や屋上突出物の高さ制限も問われる可能性がある。

コンセプトガーデン

これから出てくる各予備校の課題で、どんなおもしろ庭園が登場するか楽しみだ。断面図に何の工夫もない、花壇を置いて草木を生やすくらいの解答例は、早々にマンネリ化するはずだ。

カサ・ミラの屋上のように複雑な構造を持つ庭園。市民の創作活動を支援する散歩道やウォーキングコース

カサミラの屋上庭園

勾配屋根と組み合わせる技もある。ニラやタンポポを植えて市民農園も兼ねる案。併設の食育キッチンスタジオで創作料理を支援する。

ラコリーナ近江八幡の屋根

用途の指定がなければ、人が入れない眺めるだけの石庭もありだろう。これも一種の屋上庭園。現代アート系の美術館ならマッチしそうだ。

ギャラリー間の屋上庭園

屋外テラスのように、ウッドデッキだけ敷いて庭園と称するミニマルガーデンもきっと出てくる。防水対策は面倒だが、全体に水を張ってしまえば作図が簡単そう。時間がなければ室名だけ書いた空白の庭でも欠落は避けられる。

鈴木大拙館

もし課題が易しく全体のレベルが高ければ、屋上庭園の表現力で差がつく可能性がある。庭園のスタイルで優劣はつけにくいので、記述も含めた論理的一貫性のようなものが評価されるかもしれない。コンセプトルームも絡めてメリットを滔々と語れば、1階にある屋上庭園でも、おそらく通る。

別に今からネタに走る必要はないが、「そんな方法もある」と覚えていれば心の余裕ができる。そもそも本番課題は矛盾だらけで素直に解けないのが通例。屋上庭園より優先すべき眺望指定が、段抜き特記で出てくる可能性もある。過去2年の本番で受験生が受けた衝撃は、そのくらいのインパクトがあった。

複雑化する製図試験の対策

一昨年のリゾートホテル課題では、課題が長文化したり、敷地図がエスキース用紙にワープする現象がみられた。翌年のスポーツ施設では課題用紙がA2サイズに拡大され、試験元は新たなフォーマットを模索しているように思われる。

今年はどんなサプライズが用意されているのかわからないが、確実なのは「相対評価」という事実だ。各ランクのパーセンテージは変動するが、合格者の割合は毎年たいして変わらない。

イレギュラーな出来事に弱い人もいれば、混乱期に活躍するタイプの人もいる。昨年のランクIV急増は、パニックや時間切れで図面を仕上げられない人が多かったせいかもしれない。

「何が起こっても図面を完成させる」という心がけについて、基本的なトレーニングは変わらない。不便な試験会場を想定して、あえて不安定な机の上で作図する練習も有効だ。

これから2か月で20枚くらい図面を書けば、自分のようなアホでも作図スピードだけはアップできる。試験問題は予想を裏切るが、書いた図面は裏切らない

一級建築士製図試験の図面

過去問研究は受験勉強の定石。少なくとも平成17年の既存部にだけは目を通しておこう。過年度生なら、本番前に架空の敷地図をつくって遊べるくらいの余裕は持ちたい。

実際のところ、受験生より大変なのは予備校の練習課題をつくる人だと思う。今年の課題用紙はA2サイズが標準になるのだろうか。一体利用を想定した第3・第4の施設や地盤の地下水位など、想定しなければならないことが山ほどある。

コンセプトルームも2年続いたからには、さすがに本気で対策せざるをえないだろう。採点が面倒くさそうだし、そもそもどうやって評価したらいいのだろう。標準解答例はまだ2年分×2案しか存在しない。

ここは各スクールの腕の見せどころ。勉強時間が限られた中で、課題が多ければよいという話でもない。いかにポイントを絞った良問で、効率よくバリエーションを網羅するかというセンスが問われる。

『建築設計資料』で予習

とりあえずスクールが開講するまでに受験生ができることは、『建築設計資料』の該当タイプを熟読することだ。さいわい美術館は3冊も出ているので、7月中のモヤモヤした虚無期間を有意義に過ごせる。

Amazonや楽天はすぐ品切れになると思うので、電子書籍を購入して目を通しておこう。作図の練習は地味に時間がかかるので、直ちに着手した方がよい。

合格後の生活

ライフワークになるかと思った一級建築士の製図試験。合格するとすっかり興味が失せてしまった。お誘いはあったが受験業界という修羅の道には進まなかった。今ではエスキースや合格発表の夢を見ることもない。

燃え尽き症候群の治療として取り組んでいるのは、ロマサガRSというソーシャルゲーム。魅惑的なおっさんホイホイがリリースされたのが試験の後で、本当によかった。建築士として活躍する以前に、社会復帰することがひとまずの目標だ。

ロマサガRS・ボクオーンSS

「大きな間違いを犯した」

もともと有益な情報など皆無なうえ、現役を退いた今となってはコメントできることも少ない。せめて製図の課題と標準解答例について、年に2回くらいは更新できたらいいなと思う。