社会的少数者にとって、建築士の製図試験がとても難しいと感じる理由

一級建築士の製図試験で要求される3つのスキル、エスキース・記述・作図のうち、最も高度で習得に時間を要するのはエスキースだろう。記述と作図は忍耐力勝負の反復学習。馬鹿な自分でも2か月みっちり取り組めば、成長を実感できた。

一方エスキースやプランニングに関しては、パターンの暗記以前に建築士的常識とでもいうものが問われる。実務経験がないと、思い描くことすら不可能な構造・設備の舞台裏が出てくる。そもそも「ゾーニングってそんなに大事?」みたいに考えてしまうタイプだと、かなり危うい。

製図試験における性格的な適性と対策の難しさ、その反面、意外と重視されているように見える自由提案の余地について考えてみた。

パラノイアは生き残れない

製図試験のエスキースでは、非言語的ともいえる高次のコミュニケーション能力が要求されて、アスペルガー症候群の人間にはとても分が悪い。世間的、建築士的に、課題文や敷地図を見て「何が常識か?」と正しく判断できる能力こそが、合否を大きく左右する。

自信満々で「北の樹林も眺めがいい」とか「プールは1階が便利」と思いついてしまう人間は、このテストに根本的に向いていない。いつかは多数派に加わりたいと思いつつも、毎年書き上げてしまう図面はなぜかマイノリティ・リポート。

社会的不適合者の例

もし舞台が違って1983年、香港ピークのコンペとかだったら、「エントランスはひとつも存在しない」みたいな奇抜なアイデアを評価してくれる審査員がいたかもしれない。むしろ多少はクレイジーなメンタリティーの方が、IT系のアントレプレナーのように芽が出る可能性はありそうだ。

しかし建築士の試験は評価が真逆で、悪の芽を摘み、業界を健全に保つのがその目的。国家資格といえども、しょせんは中央政府が価値を保証する兌換紙幣と似たようなものだ。試験元が定める基準に根拠がなくても、それを満たせなければこの国で建築士を名乗る資格はない。

インテルCEOの名言とは裏腹に、この試験ではパラノイアが真っ先にふるい落とされる。

最近は「自閉症スペクトラムの4人に1人は東大に入れる」といわれるくらいなので、持ち前の集中力と反復行動を生かせば学科は合格できるかもしれない。奇抜な発想で、ゆくゆくはコンペでも活躍できそうだが、それ以前に常識度チェックの製図試験をパスするのが難しい。記述と作図は体力勝負で何とかなるが、設計思想が少数派では合格はおぼつかない。

評価基準が多様すぎる

製図試験が難しいと思うのは、採点方法がダブルブラインドとかでなく、本質的に予測不能なブラックボックスという点だ。防火区画や地下水位など新しいルールが毎年加わり、図面に書いてみたアイデアが吉と出るか凶と出るかわからない。

パッシブデザインが事前予告された今年の試験では、太陽光発電や蓄熱用のパネルを屋上に表現すると、かえって減点をくらうおそれもある。ホールや廊下など共用エリアのデザインひとつとっても、空間的豊かさと経済性・施工性のどちらが評価されるのかわからない。

そもそも建築設計という分野には、評価基準がたくさんありすぎる。世界遺産に登録されているような有名建築でも、構造設計家からみたら駄作かもしれない。トゥーゲントハット邸の広すぎるガラスは、設備設計の観点からは非効率この上ない失敗作ともいえる。そもそも透けすぎてクライアントから不評だったり、予算オーバーで紛糾した可能性もある。

量子力学的不確定採点

製図試験では意図したコンセプトがどう評価されるのかわからず、まるで量子力学の世界のように採点結果が不確定なのだ。特に今年のスポーツ施設は、エントランスもプール設置階も自由度が高すぎて受験生を悩ませた。出入口が多いと利用者は便利だが管理上不便。プールはどの階に置いても利点・欠点を想定できる。

さらに相対試験のため、変なプランでも一定数の人が受かってしまうという状況が混乱に拍車をかける。ほかの資格試験のように、JAEICが公式のテキストでも出してくれれば判断のよりどころになるのだが、合格発表時に出る「採点のポイント」と標準解答例しかヒントを与えてもらえない。

「設計条件・要求図面等に対する重大な不適合」の項目に触れると、ランクIVになりそうなことは文面から推測できる。一方、建築物の立体構成とか要求室の快適性みたいな項目が、それぞれどのくらいの割合で採点に寄与するのかは、一切明かされない。

帰納的推論 vs 仮説的推論

対策できることとしては、資格学校がやるように受講生に再現図を書かせたりアンケートを取ったりして、結果のランクと照合するしかない。

その意味では、ウラ指導さんがやっているユーザープランニングのサービスは画期的だと思う。本番同様1/200の再現図面と「計画の要点」まで再現して送らないといけないのが億劫だが、気が向いたら参加してみたい。

予備校でもウェブ上のサービスでも、組織的なパワーを駆使して膨大な答案例から評価基準を帰納的に推論しないと、採点の糸口すらつかめない。製図試験で独学が不利なのは、まさにこの点に尽きる。得られるサンプルが少ないので、どうしても不確実なアブダクションに頼らざるをえない。

逆に言えば、資格学校が数十年蓄積した「こうすれば受かりそう」というノウハウこそが製図試験の聖杯で、その恩恵にあずかるために100万貢ぐ価値があるのだろう。冗談でなく、いずれ図面を画像認識して自動添削してくれるAIが出てきたら、スクール講師は職を失うおそれがある。

過去問と標準解答例を観察すると、構造・設備や経済性の面より、プランの明快さや空間の豊かさが若干重めに評価されているように見える。何度も言われる「ゾーニングと動線計画」を達成するためには、ほかの面で多少非合理な計画になってもいいのだろうか。自然採光を最優先するなら、今年のプールは3階がベストだったと思う。

それとも、計画・法規・構造・設備、すべての面で平均的にすぐれたプランがベストなのだろうか。バランス重視でいえばプールは2階がよかったと思う。一方バリアフリーの観点からは、入口から動線が短く段差も少ないプール1階が便利だろう。

国家試験として、そのくらいの指針はソフトに示してもらえるとありがたい。

計画の要点等については、公表することにより、解答パターンが定型化するなど、適正な試験実施に影響を及ぼすことが想定されることから、公表しておりません。

建築技術教育普及センター「標準解答例の講評について」

考え方によっては、このポリシーはおかしい。解答パターンを定型化、誰でも使える方程式やツールを共有するのが工学なのではなかろうか。まさかRC以外の構造種別やラーメン以外の架構形式を選ぶと、「定型化されてない」とすごく評価されるとか?

追加提案はよろこばれる?

自分が受けていない年の過去問というのは、本番の切羽詰まった状況をいまいちイメージしにくい。一方、穴の開くほど問題用紙を眺めた昨年のリゾートホテルであれば、標準解答例を見ただけで「こうすれば受かりやすいのか」とインスピレーションを得ることができる。

たとえば機能的には必要なさそうな、吹抜けにある第3の階段とか、エントランスホールの隅にある、要求されてないコンシェルジェコーナーなど。通常あるべきはずのないものが気にかかる。

どうやら昨年は、課題文にない設備やサービスコーナーを積極的に追加した方が、受けがよかったらしい。さらにスマホ時代においては貴重な「TELボックス」なんて置いてあげたら、「情報弱者にもバリアフリー」と評価されるようだ。

標準解答例のTELボックス

今年のスポーツ施設であれば、各階ホールに自動販売機でも置いてあげると、より利用者に親切だっただろう。名前は昨年課題のトレーニングルーム特記にならって「ドリンクコーナー」

ドリンクコーナー

夏場のスポーツは熱中症対策で水分補給が必須だから、隣のグラウンドと共同利用できる点も記述でアピールできる。今年の標準解答例あたりに絶対盛り込まれてきそうだ。

プール用空調機械室の任意追加

試験中は必死すぎて、こういう追加提案を考える暇がない。エスキースも作図もさらに練習してスピードアップ。見直し・追記の時間を十分確保できれば、ようやくここまで考えが及ぶのだろう。

追加提案の加点傾向を肝に銘じておけば、「機械室が妙に狭い」という認識から、「プール用の空調機械室を追加しよう」という発想ができたはず。プールの空調は単一ダクト一択だろうから、自販機などよりもっと必要性が高い。短い時間でここまで機転を利かせられたどうかが、今年の試金石になりそうだ。

試験本番の緊張感では、どうしてもリスクを回避して作図時間を短縮する方向に頭が働く。余計なことをして減点になるくらいなら、任意の部屋や延焼ラインは書きたくない。こういう失敗と反省を何年も積み上げていけば、いつかは製図試験に合格できる日が来るのかもしれない。