製図試験、標準解答例の読み取り方~多目的スポーツ室を例として

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平成30年スポーツ施設の解答例を見て、とりあえずプールやエントランス、非常口とトイレの表現について気づいた点を述べてみた。ほかにも見どころは多いが、なんとなく「解答例の読み方」みたいなものが見えてきたので、方針をまとめてみようと思う。

例として「多目的スポーツ室の開口部」に着目して、どういった解釈が可能か考えてみたい。

解釈の多様性と自由度

標準解答例の①②をよく見比べると、似たようなところもあれば、まったく違うところもある。全体としては「解釈の多様性、自由度を増やす」という方向で組み立てられているように思う。

たとえば今年、プールのような主要室・大部屋の配置と向きは、極力2案でずらしてワンパターンに見えないよう工夫されていた。昨年のリゾートホテル客室も、常識的には2階に集約して階別ゾーニングするのが基本だが、①案は1階南東隅にC室を設けていた。

細部の表現にいたっては、図面①②だけでなく、階ごとに少しずつパーツの数や寸法をずらしていたりする。まったく一緒な表現もあれば、様々なところでパーツの数や寸法が微妙に変化しているところもある。

試験元があえてパラメーターを変えて表現している部分とは、「こういう風に書いてもOK」というサンプルを、なるべく多く示したいという意図ではなかろうか。そうでなければ、ここまでバリエーションを増やして図面を複雑にしている理由がわからない。

共通点と間違い探し

そこで解答例の読み方としては、以下の2つの方針が考えられる。

  • 共通点探し…「できればこういう解釈して欲しかったなあ」
  • 間違い(相違点)探し…「どっちの書き方でもいいよ」

平成30年でいえば、共通点は「トイレの窓」や「プールのトップライト」など。相違点はプールの設置階・向きをはじめ、竪穴区画の防火設備や下足入れなど、細かい部分がたくさんある。

受験生としては、共通点に該当するポイントは翌年以降もなるべく順守した方がいいと思う。一方、相違点については気分や好み(作図が楽とか)で、あまり気にせず「こんな感じでいいのか」と眺めておけばよさそうだ。

多目的スポーツ室、西壁の扱い

ただし図面に表れるひとつのパーツとっても、共通点と相違点が混在している場合がある。たとえば今年は多目的スポーツ室の開口部だ。

両案とも1階に出入口は多いが、2~3階では意外と開口部が少ない点に気づく。たとえば①の2階、多目的スポーツ室の西側の壁は窓でなく壁になっている。吹抜けの3階部分は窓になっているように見えるが、断面図を見ると天井付近に設けられた、高さ1m程度の小さな換気窓にすぎない。

スポーツ施設標準解答例の自然通風

②の多目的スポーツ室も2階設置で3階吹抜けだ。そしてこちらは①と逆に、西側は2階が窓で、3階が壁になっている。これはデザインの多様性を担保するため、プール配置と同じく、わざと逆にしているように見える。

防火上の配慮?

解答例①と②の違いとして、「西の壁が隣地境界5mの延焼ラインにかかっているかどうか」という点がある。

②の南西エントランス上部3層吹き抜けが、西に向かってすべて壁になっているのは防火上の配慮だろう。そうでなければ、せっかくの大空間から並木風景をふさいでしまい、もったいないとしかいえない。

しかし①の西壁は延焼ラインから1mセットバックしているので、多目的スポーツ室の西壁は全面開放して、桜並木の眺望を取り込んだ方がよさそうに見える。わざわざ3階に並木に向けて任意ラウンジを設置しているのだから、スポーツ室を壁で閉じているのは変だ。

スポーツ施設標準解答例の垂直ルーバー

②のスポーツ室は、わざわざ防火設備を設けてまで西と北に開いている。延焼ラインから外れた①で、あえて閉ざす理由が分からない。「ボールが当たってガラスが割れる」「部屋の上部に窓があると、西日が差し込んでまぶしい」という別の事情だろうか。

西側の窓に対する4つの解釈

この解答例①②でちぐはぐな多目的スポーツ室の開口部表現について、試験元からの4つのメッセージを想定することができる。

解釈1

まず「課題文で指定したカフェと屋外テラス以外、桜並木・公園の眺望はどうでもよい」というメッセージだ。延焼ラインにかかってマル防マークを書くのが面倒なら、②の吹抜けのように壁にしてしまっていい。あるいは①の3階のように、「並木観賞用の特設ラウンジを設ければ、大部屋内からの眺めは気にしなくてよい」とも解釈できる。

解釈2

自然採光・通風面の配慮から、「外に向かって開ける部分はすべて窓にした方がいい」と短絡的に考えがちだ。しかし解答例に頻出する「窓がない壁」は、「開口部が多すぎるのも断熱・防犯・防災上このましくない」というメッセージなのかもしれない。

大部屋でも「適度に壁と窓を混ぜた方がバランスよい(プロっぽい)」という見解がうかがえる。自然採光・通風アピールで、とにかく窓を増やしたがるワンパターン受験生を排除したいのかもしれない。

解釈3

西側に窓を設けると、桜並木は眺められるが夕方の西日が気になる。これは隣地からの延焼と同じく、開口部に対するマイナスの側面だろう。

今年の多目的スポーツ室に関して「桜並木の眺望・通風採光(ポジティブ)」と「西日の遮蔽・延焼防止(ネガティブ)」という相反する価値観・ジレンマがある。そして試験元からは、「どちらでもよい(少なくとも「足切り」的な扱いはしない)」というメッセージが見受けられる。

こういう矛盾は製図試験のいたるところで、計画・構造・設備、(イニシャル/ランニング)コストのあらゆる面から噴出する。そして試験としては、なるべく解を固定しない(多様性を認める)という方針がうかがえる。

ただしちょっぴりだけ、建築計画(ユーザーの利便性や空間的豊かさ)の側面が、構造・設備の合理性より優遇されているように思う。それが製図試験で長らく「動線とゾーニング最優先」といわれる根拠だろう。

解釈4

表現方法に違いはあるが、少なくとも「多目的スポーツ室に窓がある」という条件は一致している。

バスケやバレーなど行われる競技によっては、窓をなくして人工照明で均質に照らした方が公平にプレーできる。しかし本課題のような市民体育館レベルなら、「積極的に開口部を設けて自然採光を取り入れた方が経済的」という判断なのだろう。

ここでそもそもの課題名に「健康づくりのための…」とキーワードが入っていたのを思い出す。そのため試験前には、「長さ25mの競泳用プールは出題されないだろう」と各校が予測しており(過去問でも20m程度だった)、見事に当たった。

7月の課題発表でタイトルに含まれる形容詞は、ある特定の機能を指している場合がある(温浴施設、防災学習、宿泊機能など)。それ以外に、曖昧な形容詞がつく場合もある(健康づくりのための、小規模な、市街地に建つ、小都市に建つ、など)。

平成14年は「屋内プールのある…」だったが、今年は「温水プール」の存在が題名でなく注釈の方で予告された。来年も同じ形式で発表されるとしたら、タイトルに「曖昧型」の形容詞がつきそうな気がする。

そしてこれは、「どこまで本気のアスリート志向か」というターゲット客層を推測する手がかりになる。さらに細かい部分では「体育館に窓を設けるべきか」という判断材料にもなる。

絶対に理由があると信じる根拠

このように、多目的スポーツ室の西壁だけとっても最低4通りの解釈ができる。どれも正しそうだし、後付けの屁理屈にも見える。開口部表現の類似点と相違点に、何かしらの意味があるのは間違いないが、テキスト形式の標準解答は永久に明かされない。

しかし今年は「防火区画の考え方」について、小数点以下の面積まで計算した異様に詳しい注釈が併記されている。採点者のパラノイアぶりが、ぼろっと垣間見えた一幕だ。この傾向からすると、おそらく便所の窓から多目的室の開口部ひとつとっても、詳しい説明文や稟議書が裏に存在すると思われる。