平成30年の一級建築士製図試験「スポーツ施設」について、バリアフリーの観点から標準解答例をチェックしてみよう。
試験本番ではいまいち印象の薄かった車椅子使用者や身体障害者への配慮だが、解答例を見てもそこまで重視されているように見えない。最低限、通路にバリアフリー法の内寸さえ確保すれば、車椅子用の専用更衣室も、広すぎる多機能トイレもいらないという印象だ。
そして意外なところで気づいたのは、課題文のフォントサイズが昨年より大きくなっているという点だった。
ほとんど言及されなかったバリアフリー
例年重要視されるバリアフリー対応だが、今年の課題文ではそれらしき文言がひとつも見当たらなかった。7月の課題発表時に事前告知されていたので、わざわざ本番で言わずとも「当然配慮すべし」というスタンスなのだろう。
問題用紙の「I. 設計課題>2. 建築物>(3)高齢者、障害者等の…」という一文が、ごっそり削除されたかたちだ。ただし気候や積雪のように、「特別の配慮をしなくてよい」とは強いて書かれていない。
問題用紙右側のカルチャーセンターと全天候型スポーツ施設の「改修状況等」には、どちらも「バリアフリー対応済み」と書いてある。今回新設するプール付きのスポーツ施設に関しても、同様に対応すべきと思われる。
要求室に求められた具体的な指示としては、せいぜい車椅子使用者・オストメイト対応の「多機能トイレ」程度。外構には車椅子用の駐車場すら要求されていない。必然的に段差が生じる温水プール室、また更衣室Aの足洗い場に関しても、特にスロープを設けるという特記は書かれていなかった。
この規模の公共施設として、廊下や出入口の寸法を「建築物移動等円滑化誘導基準」に従わせることは必須だろう。標準解答例としては、①のプールサイド柱を除いて必要寸法は十分確保されているように見える。
ホール付近の廊下幅が2m程度で狭かったりするが、バリアフリー法上は問題ない。スクール課題によく見られる「廊下幅は利用者ゾーン3m、管理ゾーン2m」という法則も、本試験ではそこまで気にされなかったようだ(減点要素ではあったかもしれない)。
プール内スロープの位置が変
特記事項に書かれていないが、「プールにスロープを設けるかどうか」で悩んだ受験生は多いと思う。特にTACは「特記になくてもスロープ必須」というポリシーだったので、受講生は当然設ける前提でエスキースを検討しただろう。
しかしプールの幅指定が10mと広く、プールサイドを両側2m確保すれば、それだけで7m×2スパンが埋まってしまう。スロープ分の1.5mを追加するには8mスパンを使うべきだが、建ぺい率70%の懸念からむやみにスパン長を伸ばすのは気が進まない。
そして試験後に出たTACの答案は、プール縦型、東西に8mスパンを連続させてスロープを付け足すソリューションだった。プールを横にして南北に8mスパンを入れるのはきわどいが、横長敷地なのでこれはありだった。
そして標準解答例の①。やはり特記になくてもプール内スロープを出してきた感じだが、取り付け位置がどこかおかしい。プール横型にして、短辺に折り曲げて追加しているのだ。
このパターンのプール内スロープは、TACや日建学院の課題を20個くらい解いてみて、ひとつも見かけなかった方式だ。普通に考えれば、プールの長辺に沿わせて一本で通すのが自然だろう。
試験元がこんなイレギュラーがスロープ設置を「普通に」思いつくとは考えられない。確実に各予備校の練習問題に目を通して、裏をかく方法を研究していると思う。
足洗い槽のスロープも一部の練習課題で表現されていたが、解答例2案を見る限りは図面で表現する必要はなかったようだ。
「水勾配」の文字は不要
外構に「水勾配」という文字も見当たらないが、両案ともエントランス前は矢印でスロープの存在を示している。そして②の断面図西側には、うっすら勾配の線も見える。
外構の出入口前に書く「水勾配」は、タイル目地とかぶるので厄介だった。今年の解答例を見る限りは、特に文字を書かなくても矢印だけ入れてあれば、段差解消のスロープと認識してもらえるようだ。
答案②の南西にある、カフェ=屋外テラスと分離したウッドデッキ状の目地が気になった。一瞬これが南側歩行者専用道路への避難経路をふさいでいるのではと思ったが、断面図の傾斜を見ると、高さのあるデッキではなさそうだ。
バリアフリー更衣室は空振り
プール用の更衣室バリエーションとして、あれほど作図練習した車椅子使用者用のバリアフリー更衣室は出なかった。
更衣室Aの中は、答案①②とも幅1.5mくらいありそうだが、①の廊下側出入口は1m程度しかない。車椅子1台通ることができれば十分で、すれ違いまでは配慮しなくてよかったようだ。
本来はプール内にスロープを設けるより、更衣室の通路幅を広げるのが先決でないかと思う。ここは試験元お得意の、「減点だけど、このくらいはOK」というメッセージなのだろう。
課題文の文字サイズがアップ
今年の課題でバリアフリーについて話題にできるところはこの程度かと思ったが、実は決定的な違いがあった。試験後3か月近く経ってからようやく気づいた点は、「問題用紙のフォントサイズが大きい」。
こんなに重大な変更なのに、予備校の講評や受験生との意見交換でも、一切話題に出なかった。複数年受験した過年度生ですら気づかなかった盲点だ。
去年のリゾートホテルの課題文と並べてみるとわかりやすい。設計条件から要求図書まで、本文の書体が30%くらい拡大されているのだ。ちょうど10年ほど前に、高齢者対応として全国の新聞フォントが一斉に大きくなったのと似ている。
老齢の受験者に配慮して、文字を読みやすくしてもらえたと思えばうれしい。あるいは国交省のお偉方から「小さくて読めねーよ」と苦情が出たのかもしれない。
問題用紙が大きくなった原因?
そして今年、問題用紙がA2サイズに拡大した本当の理由は、フォントサイズのアップだったのかもしれない。そのおかげで無意識に、「今年の課題は楽に感じた」とコメントした人が多かったのだろう。
問題用紙を広げてると印刷や搬送のコストは増えると思うが、受験者の負担を減らす歓迎すべき傾向だ。課題文の内容が増えて「もう耐えられない」とさんざん不平を垂れていたが、これは逆に試験元の心づかいだったと知った。
広ければよいという話でない
それに比べると、課題で問われたバリアフリー要素は想定内。むしろ「こんなに端折っていいの?」といえるくらい簡素な答案例だった。
多機能トイレもオストメイト付きだと2m四方は狭いかと思ったが、半径1.4mの車椅子転回寸法が確保されていれば問題ないのだろう。たとえ車椅子とストーマを併用している人がいたとしても、無駄にだだっ広い便所より、コンパクトな空間の方が用を済ませやすそうだ。
これは「バリアフリー=むやみに広くすればよいわけでない」という、採点者からの訓示のようにも受けとめられる。
安全側を見越せば通路幅もトイレも広いに越したことはない。しかしほかでプランが圧迫されているなら、縮小しても構わない(それでも十分合格できる)要素ということだ。