小屋カルチャーを牽引するヤドカリの本『未来住まい方会議』レビュー

田舎に来てまわりに安い土地がごろごろ転がっているのを見ると、久々に「小屋つくりたい」欲求が湧いてきた。

ウェブで小屋を検索すると、たいていヤドカリ関連のサイトが引っかかる。2冊出ているヤドカリ本のうち、新しい方の『未来住まい方会議』を読んでみた。

テントと車中泊

東京に住んでいる間に2011年の東日本大震災を経験して、「土地に定着することはリスクだ」くらい極端に考えていた時期があるのだが、関東近郊でも100万以下というような土地は容易に見つからず、Bライフ的な暮らし方は諦めた経験がある。テントを買って公園で寝てみたりはしたが、海外放浪の経験から寒い時期のテント泊や野宿のつらさは身にしみている。格安でつくれるブルーシートの掘っ立て小屋などは急場しのぎにすぎず、できればしっかり断熱された小屋で快適に過ごしたい。

その後、中古のハイゼットを安く改造して車中泊できるようにして、道の駅を渡り歩いたり、オフィス近くの駐車場に止めて仮眠場所として使っていた。4ナンバーの軽貨物車でも車検代や維持費が馬鹿にならず車は手放してしまい、今は賃貸住宅で安く暮らしている。

しかし、一生のうち一度は自分の好きな小屋を建てて暮らしてみたいと考えていた。土地さえ無料に近い値段で手に入れば、あとはキットかDIYで基礎・配管工事込み100万円以内で一棟建てられないかと空想している。

YADOKARI、SuMiKA…勃興する小屋メディア

国内の小屋カルチャーをけん引しているウェブメディアの一つがYADOKARIである。世界中の小屋とか海外のノマドライフとか、サイトの写真を見ているだけでもおもしろい。INSPIRATIONやSKELTON HUTなど、建築家・建設メーカーとコラボした小屋シリーズも販売されている。

小屋ビルダーとしては、タマホームとカヤックが合弁で手掛けるSuMiKaも勢力拡大してる。数年前から虎ノ門の小屋展示場や、長野県茅野市の小屋フェスを主催しているのもSuMiKaだ。ほかにも小屋専門の建築家とか、従来型の物置やログハウス風でないモダンな小屋キットとか、低コスト極小住宅の選択肢が増えてきたように思う。

しかし、たとえ普通の住宅より安価でも、数十~百万円でキットを買って組み立てて終わり、というのは、小屋づくりの過程を楽しみたい趣旨からするとちょっとずれている気がする。小屋といってもBライフからタイニーハウス、趣味のツリーハウスまでさまざまだ。人口減少や所得格差で一般的な建売/注文住宅の販売が減ってきているのか、建設業界の顧客セグメントとして「小屋層」が持ち上げられつつある。

モノ・マガジンの小屋特集など最たるものだが、どうもターゲットは小屋以外住めない低所得者ではなく、富裕層の趣味のセカンドハウスに向けられているように思う。そもそも広い庭や土地がなければ小屋は置けないし、諸経費込みで数100万する小屋は別荘やキャンピングカーのような新手のレジャー商品だ。

ヤドカリ設立の経緯がつづられた『未来住まい方会議』

前置きが長くなったが、小屋好きでも商業的な「小屋ブーム」にはちょっと違和感を感じる自分として、その一翼を担うヤドカリの活動は以前から気になっていた。現在2冊出ている本のうち『未来住まい方会議』はヤドカリ成立から発展の軌跡をつづったドキュメンタリーであった。小屋に限らずニッチな分野をウェブメディアで取り上げ、常勤スタッフを雇えるほど成功したビジネス事例としても読める内容だ。

ヤドカリ発足のきっかけは、リノベーション住宅推進協議会のアイデアコンペであったらしい。本書で紹介されている2案はビジュアル的にぱっとしなくても、事業アイデアとしていい線を行っていると思う。コンテナの住居転用は今さら感が強いが、地方の遊休施設をリノベーションして短期滞在可能な宿泊場所を提供する「地方と移住予備軍の接点をつくる」というのはニーズがありそうだ。

よくある話だが、活動のきっかけに東日本大震災があったというのは共感できる。震災で『日本沈没』的なシナリオが現実化しかけたおかげで、自分も含め、全国で小屋愛好家や田舎暮らし予備軍が同時並行的に増殖したように思う。

中銀カプセルタワーのリノベからコミュニティ・ビルドまで

中銀カプセルタワーのリノベーションも手掛けて、ヤドカリの事務所を置いているというのはなかなかの猛者だ。自分も一度、賃貸で住めないかと内見させてもらったことはあるが、共用部は老朽化して廃墟に近く、カプセルの窓も空かないので(アスベストの影響とは言わないが)息苦しさを感じる居室だった。

なぜ小屋に注目するか、というモチベーションとして、「豊かな暮らしとはモノやコトを消費するだけでなく、生み出し続けていくクリエイティブな暮らしのことだ」という提案がなされている。その帰結として住宅費を下げることは、土地やローンに縛られないリスクヘッジにつながる、と考えられている。小屋に住むのがクリエイティブかどうかは別として、小屋を建てたり多拠点住居を試してみたりするのは、消費活動では得られない満足をもたらす可能性があるといえそうだ。

ただし、「都心に5~6千万の中古マンションを買うより、3~4千万の狭い物件に抑えて浮いたお金で田舎に家を持つ」というのは間接経費や移動の時間的コストを含めて等価ではないだろう。二拠点居住は楽しそうだが、どちらかというとお金が余った場合のオプションだ。自分の場合は郊外の一拠点しか住居を持てず、通勤時間が取れなくて都心の会社に寝泊まりするという不本意な二拠点居住になっていた時期はあるが。

YADOKARI小屋部の活動として、「コミュニティビルド」というコンセプトが紹介されている。ボランティアベースで好きな人が集まって小屋をつくる、という取り組みだが、これはハイキングとかキャンプのようなアウトドア系の新しいカルチャーといえるかもしれない。趣味の活動と労働性のバランスが微妙だが、機会があれば参加してみたい気もする。

INSPIRATION商品化の経緯

著者の販売商品、INSPIRATIONというコンテナスタイルのスモールハウスについて、商品化までの苦労がつづられている。キャッチコピーの「車一台の価格で買える家」というのは、的を得ているがどうとでも取れる微妙なラインだ。「新車を買うなら250万程度あれば不自由はない」と書かれているが、自分が車を購入した時の予算は50万くらいで、新車に手が届かなかった。同じ小屋でも格差があるのを感じる。個人的には10万以下のブルーシートハウスとまではいかないが、50万くらいで成立してそこそこまともな見た目の小屋というのが落としどころだ。

「INSPIRATIONが新聞に取り上げられて一番反響があったのは50~60年代シニア層だった」というのは興味深い。やはり200~300万と一般住居より格安でも、20~30代の標準世帯が小屋建設費を即金で払うのは難しいと思う。土地の取得費も含めればその倍は必要かもしれない。

販売後10年の瑕疵担保保証をつけて、断熱材・天然木使用で250万というのは、たしかに利益がほとんど乗らないぎりぎりの販売価格なのだろう。本書で議論されている「これじゃない」的なユーザのクレームは無視してよいと思う。デザインの趣味など千差万別だし、自分のような低予算の客は「お呼びでない」と相手にしなければいい。

小屋に正解はない。自分がかっこいいと思う小屋を実現して「こんなに楽しく暮らしているぜ」と他人に自慢する、それが健全な小屋カルチャーのマナーだと思う。