2000年代後半からブームになり、2010年代には一気に普及した感のあるシェアハウス。
利用者の状況や業界の構造について調べてみようと思い、いくつかの本を調べてみた。
一般ユーザー向け、不動産事業者向け、建築家向けの各ジャンルから、バランスよく選んだのは以下の4冊。それぞれ概要と見どころを紹介してみたい。
- 西川敦子『大人のためのシェアハウス案内』
- 三浦展、日本シェアハウス協会『これからのシェアハウスビジネス』
- 篠原聡子、日本女子大学篠原聡子研究室『シェアハウス図鑑』
- 猪熊純、門脇耕三、成瀬友梨、中村航、浜田晶則『シェアをデザインする』
『大人のためのシェアハウス案内』
まずはフリージャーナリスト、西川敦子さんの著書『大人のためのシェアハウス案内』(2012年発刊)。
女性ユーザーの視点でシェアハウスの魅力や探し方・使い方について紹介している。取材している物件も有名どころが多いので、この本に出てくる事例を調べれば2010年前後の代表的シェアハウスを網羅できる。
個々の物件に加えて、シェアハウス検索のポータルサイトも紹介されている。有名な「ひつじ不動産」のほか「コリッシュ、シェアシェア、ゲストハウスバンク、シェアパレード」など多くのサービスが存在する。いずれも2019年現在サービスを継続している。
対象は小規模物件
『大人のためのシェアハウス案内』は後述の『シェアハウス図鑑』と同じく、比較的小規模な物件に絞って取り上げている。
ハチセの京だんらん東福寺、大関商品研究所のバウハウスシリーズ、株式会社ナウいのIGHシェアハウスなどは、いずれも定員10名以下のこじんまりしたスケールだ。
これに対して大手の会社が手がける大規模シェアハウスは、法規と運営の制約で団地のように画一的なデザインになってしまう。そのためオーナーや運営会社がユニークで、個性的な空間の物件ばかり集めたように思われる。
本書の取材対象は、いわゆる建築家の作品だけにとどまらない。なかにはデザインセンス的に「いかがなものか」と思われる物件も含まれていたりする。
著者の視点はデザイナーよりも、社会学者のものに近い。物腰柔らかなルポタージュで、日本女子大の研究報告のようにアカデミックすぎることもない。
事業者向けでも建築家向けでもない、あくまで一般消費者をターゲットとした本。今回取り上げた4冊のなかで、もっとも多く読まれただろうと推測される。
ルームシェアかシェアハウスか
物件の選び方・暮らし方というテーマについて、本書で触れられているうちの半分はシェアハウスでなくルームシェアの話だった。
海外では単身者向けの賃貸物件が少ないため、ルームシェアの需要が大きい。しかし日本では単身者向けのワンルームマンションが普及したため、経済的な理由だけで他人と共同生活する必要が少ない。
今となってはルームシェアは、せいぜいドミトリーと同じか、それ以上に不便なシステムと言えないこともない。もし間借り人が出て行ってしまうと、残された人の賃料負担が重くなる。その点では事業者の運営するドミトリー/シェアハウスの方が個別契約なためリスクは少ない。
分類チャートが役に立つ
本書の中には、読者の好みに応じてふさわしい生活形態を分析できる、シェアライフの分類チャートが用意されている。これを見れば、個室が必要か否かなどの条件にとって、自分にあった物件タイプが提案される。
ひと言でシェアハウスといっても、プライベート空間の有無、キッチン・お風呂など共用部の範囲によって種類はさまざまなのだ。空間のレイアウトによって、住人同士の関わり方が微妙に変わってくる。
具体的な事例をいくつかピックアップしてみたい。
コレクティブハウス「かんかん森」
シェアハウスの歴史をたどるうえで避けて通れないのが、東京都荒川区日暮里にある「かんかん森」。
ビルの2~3階部分を使った28戸の住居がある。そして日本ではじめての多世代型コレクティブハウスといわれる。
かんかん森は2003年から入居が開始された老舗で、共同住宅を論じた建築・社会学系の本でも多く取り上げられるモデルケース。
住民の年齢層が広いのも特徴だ。血縁関係のない子どもやシニアが一緒に暮らす、多世代型共同住宅ともいえる。
食事や掃除が当番制
この物件は、正確にはシェアハウスではなくコレクティブハウスと呼ばれる。北欧から発祥したコレクティブハウスは、日本国内の一般的なシェアハウスよりも住人同士のコミュニケーション密度が高い。
食事や掃除が当番制である点は、大学の学生寮に近い。かんかん森では順番に食事をつくり全員で食べる、コモンミールと呼ばれる行事が行われている。
居住者が個々に契約を交わすシェアハウスでは、こうした拘束条件を設けているところは少ない。大規模な物件では、掃除やゴミ捨てまで外部の業者に委託されるのが普通だ。
群馬県公社の手がける「元総社コモンズ」
かんかん森を立ち上げたのは、NPO法人のコレクティブハウジング。しかし建築を借り上げているのは居住者有志が立ち上げた株式会社コレクティブハウス。
物件の管理・運営は居住者組合が行っているらしく、不動産ビジネスという側面でも興味深い一面がある。
このNPOは類似のコレクティブハウスをいくつか展開しており、なかでも興味深いのが群馬県にある「元総社コモンズ」だ。
複合型シェアハウス
1階には個室住居のほかに、デイサービスセンターと保育園が併設されている。2~3階はサービス付き高齢者住宅となっており、4つのビルディングタイプをミックスした実験的な集合住宅といえる。
元総社コモンズは民間会社でなく、群馬県の住宅供給公社が事業主になっているのも特徴。
行政・公的機関がバックアップするシェアハウスということで、URの多摩平団地(りえんと多摩平)に近いケースといえる。
共同住宅の多様性と発展性
コレクティブハウスとよく似た言葉で、入居者が出資して共同建設するコーポラティブハウスという概念もある。
どちらも建築業界では古くから知られた方式だが、日本ではいまいち普及してこなかった。しかも両者の名前がまぎらわしく、発音しにくいのが難点だ。
今はあらゆる共同住宅が、ゲストハウスから発展した「シェアハウス」という呼称に統一されつつあるように感じる。
2019年現在、民間会社が運営するシェアハウスは無数にあり、デザインやサービス、賃料相場はどれも似通っている。もしこれから新しい共同住居を企画するなら、かんかん森や元総社コモンズくらい尖ったコンセプトで売り出すのもありだと思う。
コレクティブ/コーポラティブハウスの復活
北欧の共同生活文化が日本人に受け入れられるかはわからないが、少なくともシェアハウスは賃貸市場で一定の割合を占めるようになった。
子どもの頃からシェアリングエコノミーに慣れ親しんだ世代にとっては、他人と炊事や洗濯を共同で行うことに抵抗は少ないかもしれない。
シェアハウスの普及にともない今後、コレクティブ/コーポラティブ方式の集合住宅運営・建設方式が広まりそうな予感もする。
『これからのシェアハウスビジネス』
続いて三浦展、日本シェアハウス協会の共著『これからのシェアハウスビジネス』(2014年発刊)のレビュー。
日本シェアハウス協会という一般社団法人を中心として、理事を務めるシェアプロデュース株式会社、東京シェアハウス合同会社の代表者が主に執筆している。社会デザイン研究者の三浦展氏が書いているのは、最後のまとめ的な章だけのようだ。
オーナー・投資家向けに、不動産ビジネスとしてのシェアハウスについてまとめた貴重な情報源といえる。
読みにくいが価値はある
冒頭からスーツ姿のおじさんたちが写った写真がたくさん出てくる。協会の基本方針がそのまま転載されていて、全体的に宣伝色が濃い。
掲載されている図表も、プレゼン用のパワーポイントをそのまま載せたものばかり。字が小さく読みにくい。物件の写真が何度も「ハイセンスな○○」と紹介されていて、ボキャブラリーが貧弱。
エディトリアルデザインに残念な点があるのは否めないが、シェアハウス業界の動向や統計は客観的に説明されている。またかなりの数の物件を実際に手がけてきた執筆陣ということもあり、レポートに臨場感がある。
不動産事業としてのシェアハウス
著者はすでに多数のシェアハウスを切り盛りしている事業者ばかり。本書で紹介される具体的な運営テクニックには説得力がある。
たとえば「入居者数が一定以上なら女性限定にしない方が、異姓の目を気にするので清潔さが保たれる」というアドバイスがある。入居者を女性に絞った物件は多いが、かえって共用部が荒れたり備品の破損が増えたりするといったトラブルも多いと聞く。
昨年話題になった「かぼちゃの馬車」事件も、実態は投資家と運営会社間のサブリース契約にまつわるトラブルだった。シェアハウスと聞いて興味を持つのは住みたい人ばかりではなく、サラリーマン大家も含まれる。
そう考えるとシェアハウスの文化的側面ではなく、泥臭い事業・運営面にスポットを当てた本書は存在意義がある。シェアハウスへの投資に興味があるなら、ぜひとも読んでおきたい一冊だ。
シェアハウスが成長産業である理由
本書は発行された2014年時点において「シェアハウスは成長産業」と言い切っている。
廉価な共同住宅に住みたい人のニーズがある。運営に手間はかかるがその分、管理手数料を多くとれる。一般の賃貸住宅に比べて空室率も低く高収益。その結果、事業者にも投資家にも金銭的メリットをもたらす新サービスとうたわれている。
市場としてうまみがある理由として、参入障壁が高い点が挙げられている。大手のハウスメーカーや賃貸事業者にシェアハウス運営のノウハウがない。そして大手が手がける賃貸物件はもともと高収益事業であるため、あえて業界に参入するメリットがないと説明されている。
これらの分析は的確だが、市場の流動性を考えると5年後の2019年には話が変わってきているかもしれない。シェアハウスのマーケットが広がれば、他の事業者やデベロッパーが参入してくるだろう。
シェアハウスの社会貢献機能
あくまで事業的としてのうまみを主張しながらも、本書ではシェアハウスの社会貢献も強調されている。
シェアハウスの住人は隣人とコミュニケーションするのが好きで、よく飲み食いするため消費が増える。その結果、地域の商店に恩恵をもたらし、町おこし的な役割も期待できるといわれている。
またシェアハウスの共同生活で若い男女が出会うことにより、未婚率の増加を防ぎ少子化対策にも役立つと書かれている。
冷静に考えると、人は一緒に暮らしたからといって自動的に交流しまくるわけでもない。そのあたりはセールストークと割り引いて考える必要があるが、大枠としては間違っていない。
地域に単身者用のマンションが建つよりも、シェアハウスができた方が経済活性化する可能性はある。長い目で見れば、結婚率や出生率も上がるかもしれない。
シェアハウスの新規アイデア集
本書で提案されているアイデアの中に、震災対応のシェアハウスというものがある。
既存の住宅やマンションをシェアハウスに転用するにあたり、民間企業が自主的に耐震補強を行う。それによって震災が起こっても、全半壊する住宅が減る。その分、見舞金や仮設住宅が必要なくなり、国や行政の負担を減らせる。
シェアハウスに限った話ではないが、耐震補強には公共的なメリットもあると考えられる。
震災被災地復興応援型として紹介されている計画案では、物件の具体的な図面も掲載されている。
2階にホテルとシェアハウスに分けた宿泊施設を設け、1階に高齢者向け住居と共用スペースを配置している。目新しくはないが、素直に使いやすそうな間取りだ。
ほかにも未来のシェアハウス企画として、多世代型や介護予防健康増進型、婚活応援型、子育て支援型など多くのコンセプトが提案されている。一部は実際に試して運用を始めているというスピード感がベンチャーらしい。
ワークシェアシステムの提案
紹介されているアイデアのひとつに「ワークシェアシステム」というものがある。
シェアハウスの住民が自ら物件内をクリーニングしたり、近隣住居の家事代行を請け負うことで収入を得るという仕組みだ。ハウス内で仕事や雇用を生み出すだけでなく、地域社会との接点も作り出せるのという利点がある。
現状のシェアハウスではコミュニティーが物件内で閉じていて、地域との交流は行われていない場合が多い。災害時の協力体制など考えると、本来は近隣との付き合いもあった方がいいのだろう。
通常の賃貸マンションとは違い、シェアハウスならイベントなどをきっかけに施設を地域に開ける可能性がある。ここまで来ると著者が「シェアハウスの社会的使命」をアピールしているのも、あながち宣伝文句だけではないように思う。
『シェアハウス図鑑』
3番目は篠原聡子、日本女子大学篠原聡子研究室の『シェアハウス図鑑』(2017年発刊)。
数年前のブーム時に発売されたシェアハウスの関連本に比べると、大学の研究らしく各物件の特徴が細かくリサーチされている。まさにタイトルの「図鑑」という表現がぴったりで、賃料・設備・面積など物件のスペックをデータベース化している。
日本女子大の家政学部住居学科といえば、林雅子や妹島和代といった著名な女性建築家を輩出したことで有名。本書の作り方にも、女子大らしい真面目で几帳面な仕事ぶりがうかがえる。
調査対象は小規模シェアハウス
調査対象は多くても10数名程度の、比較的小規模なシェアハウス。これまでメディアで取り上げられてこなかった、ユニークな物件にスポットを当てている。
逆に「100人超が住む共同住宅のコミュニティー」というのも興味深い研究対象だと思うが、本書では扱われていない。世の中に存在する無数のシェアハウスを包括的に分類・整理するというのは、研究の主眼でない。
対象を小型のシェアハウスに絞ったことにより、オーナー・設計者・居住者の趣味が反映されたユニークな建築が集められている。
「LT城西」や「かんかん森」などの有名事例については、序文でさらっと触れられている程度。日本全国からよく探してきたなと思われるような、変わったプロジェクトばかり登場する。
掲載物件とその見どころ一覧
『シェアハウス図鑑』で紹介されている物件について、立地と特徴を簡単にまとめてみた。
- SHAREyaraicho(東京都)…篠原研が設計を手がけた都心の新築シェアハウス。入ってすぐの共用スペース、土間エントランスが吹抜けになっていて開放的。
- 不動前ハウス(東京都)…目黒近くの倉庫リノベーション。2階の個室のまわりが回廊になっているプランニングは独特。
- 鈴木文化シェアハウス(兵庫県)…神戸芸術工科大の木賃アパート改修。2階建て片廊下式の典型的木造賃貸アパートを、1階数部屋ぶち抜いて共用スペースに転用している。類似のアパートに適用できそうな汎用性がある。
- シェアフラット馬場川(群馬県)…アーケード商店街の2~3階空き家をシェアハウスに改造。2階の共用部が全面ガラス窓で商店街に開かれている。建っている場所自体がユニーク。
- 京だんらん嶋原(京都)…京町家リノベーションのお手本的な事例。2階の個室はお茶屋時代の部屋割りをそのまま生かしている。
- SHARED HOUSE 八十八夜(宮城県)…石巻市にある震災復興関連のシェアハウス。こちらも商店街の上階空きスペースを共同住宅に転用。
- KAMAGAWA LIVING(栃木県)…ビジネスホテルをシェアハウスに改装した例。元の大浴場がリビングになっていてインパクト大。元がホテルなので、上層階の個室レイアウトも無理がない。
- haus 1952(栃木県)…上記、釜川リビングと同じ設計者による宇都宮の戸建て改修。共用部に元の仏間があり、2階が着物店という和モダンなインテリア。
- 茶山ゴコ(福岡県)…ごく普通の住宅を1階シェアハウス、2階事務所に改装。駐車場に階段を増設して2階バルコニーに直接アクセスできるのが特徴的。
- スタイリオウィズ代官山(東京都)…渋谷区の防災職員住宅を、一人親家庭に特化したシェアハウスに改装。子ども向けの遊べるスペースが豊富。
- KYODO HOUSE(東京都)…新築住宅で施主がルームメイトと共に暮らす。個室は後に子ども部屋に転用される予定。
以上11件の国内物件のうち新築は2件に過ぎず、残り9件は既存建築の改修事例。
シェアハウスは空き家問題と関連が深い。老朽化して借り手のつかない賃貸物件や、遊休施設を集合住宅に転用するパターンが多いようだ。
実験的リノベーションの事例が豊富
本書の掲載物件はオーナーがデザイナーだったり、建築関連や広告代理店に勤めていたりするケースが多い。
そのためか実験的な空間設計や地域振興も含めた取り組みに、クライアントの理解があるように見受けられた。
もし不動産投資の対象としてシェアハウスをつくるなら、大手の会社に任せて無難なデザインで仕上げてもらった方が安全だ。
既存物件の水回りや間仕切り壁程度を改修して、あとはリビング・キッチンなどの共用部をカフェっぽく飾り付けたシェアハウスは、ちまたにあふれている。
そういうステレオタイプな物件を取り上げても、研究対象としてはおもしろくない。ここでは古い木造アパートや商店・倉庫の改修など、ハードルの高そうな案件を取り上げている。
敷地や既存家屋の条件がハードなので、出来上がる建築も自然とエッジの立ったものになる。物件をポジティブに見立てる方法は、東京R不動産とよく似ている。
住む人を選ぶシェアハウス
なかには個室が狭かったり間仕切りがカーテンしかなかったりして、プライバシーの希薄な空間もあったりする。
そこは「住人の顔が見える」少人数制シェアハウスの強みを生かして、お互いに気を使いつつ、やり過ごしているようだ。
「建築が居住者のフィルタリング機能をもっている」と書かれているとおり、ユニークな物件にわざわざ申し込む人は、それなりの覚悟があるのだろう。オーナーも物件の価値を上げてくれるような人に住んでもらいたいはずなので、入居審査はシビアと推測される。
デザイナーズハウスは住む人を選ぶ。そして居住者の質をコントロールすることで、物件のブランド価値も高まる。
たとえば名古屋にある「LT城西」のウェブサイトは、いつ見ても満室状態。グッドデザイン賞や建築学会新人賞など受賞した作品に住めるということは、一部の人に対してプレミアムな価値がある。
図面が詳しくて参考になる
いかにも研究プロジェクトらしく、各物件の図面やパースがていねいに描き起こされている。クレジットを見ると、篠原研の学生さんたちが手分けして作業したのだろう。
扉絵の線画パースは味わいがあり、図面も1/100スケール以下で緻密に表現されている。どちらも大まかに個室/共用部が塗り分けられているので、ゾーニングがわかりやすい。
床や天井の仕上げについて、素材の厚さや塗装なども細かく記されている。
壁は安い合板でつくり、AEPやワックス塗装。既存の構造体を現す事例が多い。素人でも作業可能な部分はオーナー・住人がセルフビルドして、施工になるべくお金をかけない工夫もみられる。
合板ばかりでチープな内装でも、椅子だけはデザイナーズの有名作品が置かれていたりする。リノベーションに関わる設計者には、参考になりそうなテクニックばかりだ。
シェアハウス関連の法規
本書に収められた有益なコンテンツのひとつは、巻末にある法律関係のQ&A。千葉大の先生が脱法ハウスにならないためのポイントについて、詳しく解説している。
2013年に不動産業界で「9・6ショック」と呼ばれる事件が起こった。
不健康な脱法ハウスを取り締まるために実施された、国交省の「シェアハウス=寄宿舎」規制だ。これによって大半のシェアハウスが違法状態とされ、営業困難になってしまった。
その後、業界の働きかけもあって「100㎡以下の小規模なものは除外」という規制緩和が行われた。しかし規制の範囲外であるルームシェアとシェアハウスの境界があいまいだったりして、今でもグレーな部分は多い。
法律Q&Aコーナーでは2017年時点におけるシェアハウス関連の寄宿舎規定について、わかりやすく表にまとめられている。寄宿舎に該当する場合は一定の廊下幅や準耐火構造の間仕切り壁など、準拠すべきルールが増える。
これからシェアハウスの運営に関わるオーナーや事業者にとっても、参考になる資料といえる。
『シェアをデザインする』
最後に紹介するのは猪熊純、門脇耕三、成瀬友梨、中村航、浜田晶則の編著による『シェアをデザインする』(2013年発刊)。
先述の『シェアハウス図鑑』と同じく、建築家が中心になって企画・編集された本だ。
前身となるのは東京大学出身の若手建築家が立ち上げた「シェア研究会」。2012年に開催された連続シンポジウム「シェアの未来」の講演・対談を収録した内容になっている。
編集担当者はすべて建築分野の出身だが、登壇者には起業家や研究者、クリエイターも含まれる。各分野のシェアリングエコノミーに関わるプロジェクトについて、最新事例をまとめたレポートといえる。
集合住宅は隣人付き合いが少ない
掲載されている統計情報のなかで、「親しい付き合いのある人は何人いるか」というアンケート結果が気になった。
ニューヨーク、パリ、ロンドンでは4~5人であるのに対し、日本はゼロが50%以上を占めている。集合住宅の住民に絞った場合は、ゼロ人が80%にのぼる。
昔はマンションに引っ越したら、隣人に菓子折りを持ってあいさつに行くのが普通だった。しかし今そんなことをしたら不審者と勘違いされてしまう。
本書の予測によると2010年代には核家族より単身もしくは夫婦のみの世帯が増える。さらに2020年になると独り暮らし世帯のマジョリティが40~50代に移るという。
これから独り暮らしが増加する日本において、シェアハウスは過度の孤立を防ぐセーフティネットになるかもしれない。
多摩平団地の再生実験
コミュニティーを復活させる取り組みのひとつとして、URによる多摩平団地の再生実験が紹介されている。
多摩平では複数棟の団地をシェアハウス、ファミリー向け住居、サービス付き高齢者住宅の3つに転用している。そのうちサ高住のみ階段室を水平につなぐ片廊下とエレベーターが増設されている。
多摩平団地のシェアハウスは「りえんと多摩平」として株式会社リビタが運営している。団地の各部屋を個室に割り当てたユニークな間取りだ。
場所は東京都内で八王子に近いエリア。参考までに現地に見学に行ってみた。
ハード+ソフト面の配慮も必要
多摩平団地の住居棟は独立しているので、世代の異なる居住者が入り混じっているわけではない。
本書で紹介されている餅つき大会のようなイベントが、どのくらいの頻度で行われているのかは不明。平日にふらっと訪れた印象では、団地全体でコミュニティーと呼べるものがどの程度実現しているのかわからなかった。
住む場所が近いからといって、人間同士が自然と交流を始めることはない。これからは建築のハード的な仕組みに加えて、運営面のソフト的な観点も重要になってくると思う。
よくある季節ごとの餅つき、流しそうめん、盆踊りといった定番イベント以外に、シェアハウスのコミュニティーを盛り上げる仕掛けはないものだろうか。
名作「LT城西」の空間構成を分析
2013年に出た本書で取り上げられている物件は、いずれもシェアハウス業界で有名な事例ばかり。
その代表作が、成瀬・猪熊建築設計事務所による「LT城西」だ。リノベーションが多いシェアハウスの中では例外的に「新築」という点も特徴的。
デザイン系のシェアハウス本では、必ずといっていいほど名前が挙げられる有名作品。設計事務所のウェブサイトにも写真が豊富に掲載されているので参考になる。
内部の構成を見ると、外観はシンプルな箱だが内部は個室と共用部が複雑に入り組んでいる。個室は壁側に寄せられて窓が付いているが、中央部にうがたれたコモンスペースは立体迷路のようだ。
ダイアグラムによると、4×3のグリッドにプレイベート/パブリックゾーンが整然と分散配置されている。しかし断面図を見ると、微妙な高さのずれが挟み込まれている。
ここは『シェアハウス図鑑』で紹介されていた、同じく新築のSHAREyaraichoと少し似ている。あえてずらした個室の合間に、隠れ家のような共用部を設けるのがコツといえそうだ。
あえて共用部の豊かさを優先
もし普通のマンションのように個室を片側に並べて積層すれば、部屋数や収益率を上げられただろう。廊下がまっすぐになり配管も集約できて維持管理しやすく、この方が建築計画的には正解とされるパターンだ。
LT城西ではあえてプライベートな部分を減らして豊かな共用部を確保したことで、見たことのないユニークな空間が実現された。
結果的にグッドデザイン賞や業界の各賞を受賞して評価され、建築作品としても名前が知られたこの物件。メディアに露出したおかげで、立地は名古屋だが全国的に認知されている。
コンセプトに共感する居住希望者が増えたことは想像に難くない。その結果、賃料や入居率が向上して部屋数を減らした分の元はとれたのではなかろうか。
これからは既存物件の改築だけでなく、新築のシェアハウスも増えてもよさそうな可能性を感じさせる。
将来的にシェアハウスがスタンダードになれば、LT城西はかつての同潤会アパートのような先駆的事例として、歴史に残るかもしれない。
個室~共用部の動線が長い
LT城西の竣工写真を見ると、ホワイトキューブに白木のフロアや階段が組み合わさった空間は魅力的に感じる。
しかし平面図をよく観察すると、トイレは1階の隅に2つしかない。風呂場に湯船はなく、代わりに小規模なシャワーブースが2つあるだけだ。
個室は数えると13戸。この人数ならトイレとシャワーは2個ずつで足りるかもしれない。しかし3階の遠い部屋から1階の便所まで日常的に往復するのは少々骨が折れそうだ。
途中に挟まれるコモンスペースを通過するため、動線は余計に長くなる。これは住民間のコミュニケーションを促進するために、あえて意図された設計だろう。
中高年には厳しい多層住宅
LT城西の立体的な構成は楽しそうだが、決してバリアフリーではない。膝を悪くした高齢者や障害者にとって、上層階で暮らすのは厳しいと思う。
これは本作品に関わらず、垂直方向に展開した狭小住宅全般に当てはまる問題といえる。階段のあるメゾネット方式の集合住宅も似たようなものだ。
極端な例を出せばツリーハウス。身体が健康なあいだ、非日常的な別荘として過ごすには愉快だが、終の棲家にはなりえない。
個人的に、毎日シャワーだけ浴びる生活というのは味気ない。湯船は小さくても寒い季節は風呂につかりたいと思う。若い頃は気にしなかったが、歳をとればとるほど住まいに対するこだわり・要求水準が高まるようだ。
そう考えると若年層がターゲットである現在のシェアハウスは、住みやすさよりも空間の豊かさやコミュニケーションを誘発する仕掛けに比重が置かれているように思う。
これから少子高齢化が進むにともなって「シニア向けのシェアハウス」という観点も出てきそうな気がする。
コレクティブハウスやグループホームと似た共同生活の一形態として、介護サービス付きシェアハウスは需要があるのではないかと思う。
スタジオアパートメントKICHI
もうひとつ本書に出てくる有名事例として、福岡市の井尻にある「スタジオアパートメントKICHI」を取り上げたい。
元は社宅だった建物をリノベーションして、音楽スタジオを備えたミュージシャン向けのマンションに変更している。
線路脇の立地という騒音・防音を逆手にとったアイデア。結果的にハウスの共用部では住民による演奏イベントが開催され、地域コミュニティーのハブになったそうだ。
共用スペース以外は、ごく一般的なユニットバス付きのワンルームマンションといえる。KICHIは居住者のターゲットを絞り共用設備を工夫することで、不利な立地に関わらず集客できた成功例といえる。ひつじ不動産のウェブサイトを見ても、2019年12月現在の空室はゼロだ。
もしこれが東京だったら、ここまで目立たなかったかもしれない。ほかに音楽スタジオ付きの賃貸物件はいくつも存在する。
場所が福岡市で、しかも中心部から離れた井尻の住宅地にあるということが、KICHIの希少性を高めている。
これから地方にシェアハウスを企画する場合、このくらい尖ったコンセプトを考えた方が、うまくいきそうな気もする。
公共領域に広がる建築家の仕事
『シェアをデザインする』では、シェアハウス以外のイベント会場やコワーキングスペースも紹介されている。
佐賀市の「わいわい!!コンテナ」、全国展開しているシェアードワークプレイスのco-ba、同じくシェアオフィスのco-labなどの成功事例は参考になる。
この本にざっと目を通しておけば、2010年代のメジャーなシェアハウス/シェアオフィス事例をひと通り押さえることができる。
全体的な感想としては、東京R不動産を手がける馬場正尊氏のコメントが印象に残った。
今、いろいろな建築家に話を聞くと、どう考えても行政がやる仕事を、彼らが一生懸命考えて、悩んでいる。それはある意味で、公共という概念を僕たちが取り戻そうとしていることの表れであるような気がするんです。しかし、本来それは建築家がやるべき仕事なのかというジレンマもあり、悩みますが、誰かがやらなければいけない仕事なのでしょう。
猪熊純、門脇耕三、成瀬友梨、中村航、浜田晶則 編著『シェアをデザインする』
これは建築家が、公共施設や民間住宅を設計できるチャンスが減ってきたことの表れとも考えられる。
また公的施設の場合は住民との対話や合意形成が重視されるようになり、調整役として建築家に求められる役割が増えた。
馬場さんが指摘するように、本来は行政が担当すべき業務を建築家が無償で肩代わりしているように思えなくもない。
コミュニティーデザインの課題
パブリックスペースは都市計画の一部として、建築家が担うべき分野であることは確かだ。しかし最近は住民とのワークショップや説明会といったものが多すぎる気がしないでもない。
製品デザインの分野ではユーザーの意見をすべて拾い上げたからといって、必ずしもいいものができるとは限らない。
言動として表に出ないところに課題が潜んでいたりもする。利用者と話し合うよりも、プロダクトの使い方をこっそり観察する方がヒントを得られるかもしれない。
コミュニティーを意図してデザインするのは難しい。人間の交流というのは空間的・時間的な近接性だけでなく、もっと切実な必要性から生じているように思う。
イベントより趣味のつながり
その意味では「音楽という共通の趣味をベースにした」福岡の井尻アート計画にリアリティーを感じた。その反対に多世代の住居を寄せ集めただけの多摩平団地には、もう一工夫必要ありそうな気がした。
これは単に訪れたタイミングが悪かっただけかもしれない。餅つきや盆踊りだけでなく、ヨガや囲碁など世代を超えて共通する趣味をテーマにしたら、住民同士の会話が弾みそうに思う。
シェアハウスに関する文献を調べて、個々の作品としては魅力的な建築が増えているように感じた。今後のシェアハウスを計画するうえでは、「良質なコミュニティーが生まれるソフト面のデザイン」を考えることが大事になりそうだ。