仙台から車で40分。秋保温泉にある地元のスーパーに、なぜか観光客が殺到する事態が起きている。名物の秋保おはぎを求めて、近隣県や北海道からも訪れる客が後を絶たない。さらに、お店の経営方法を学びに、イトーヨーカドーや餃子の王将社長をはじめ、全国の会社から研修にやって来るという。
新鮮な代わりに賞味期限が極端に短く、仙台近郊以外ではめったに見かけることがない伝説の名産品。そんな秋保おはぎを製造する謎のスーパー「主婦の店さいち」を紹介しよう。
春の彼岸に大行列
仙台市内で親戚の墓参りを済ませ、ついでに温泉に行こうと秋保をドライブしていたら、謎の行列が目に入った。並んでいるのは、「さいち」と平仮名で店名が書かれた、どこにでもありそうな田舎の商店。小さい店舗なのに、第2第3と駐車場がいくつもあり、いずれも満車で順番待ちになっている。お店の外まで続く行列は、見えただけでも30人くらいいる。
これは厳しいと思って、温泉で時間をつぶしてから夕方にまた来てみたら、すんなり車を止められた。「秋保のおはぎが有名らしい」と噂で聞いたことはある。仙台の親戚に納豆でくるんだ変なおはぎをいただいたことがあるが、それもさいちのものだったようだ。温泉街のちょっとした名物くらいに考えていたら、テレビにも出て全国的に知られる名店だったと知った。
さいちのおはぎは無添加添加で賞味期限が短いというのが、近隣県でしか消費されない理由である。ずんだ餅のように、お土産用の冷凍品があるわけでもない。それも希少価値を高めている理由かもしれないが、とはいえこの辺鄙な立地と渋い店構えに対して、原宿のパンケーキ屋なみの行列は違和感がある。
値段のわりにでかすぎる
店内も見渡した限り、都心にあるまいばすけっとくらいの小規模なスーパーだ。ところがおはぎと惣菜の棚にはものすごい人が殺到している。みな我先にとおはぎをカゴに入れた先から、店員さんがベルトコンベヤーのように新しい商品を補充しにくる。
パックに入ったおはぎは見たところ普通だ。ただ、1個税込108円という単価にしては妙にサイズが大きい気がする。
同じ値段で納豆をかけたおはぎもあった。お餅と納豆の組み合わせはメジャーだが、おはぎにこれはありなのか?こちらも見た感じ、もち米部分がおにぎりくらい馬鹿でかい。
今回はスタンダードなあんこときな粉を買ってみた。納豆のほかに、ゴマ味もある。値段はすべて同じ1個108円だ。パックから出してお皿に盛ってみたが、やはり普通に見かけるおはぎよりサイズがでかい。味は素朴な印象で、驚異的な旨味とか刺激的な甘さというものもない。
大きいので2個は買い過ぎたかと思ったが、ぺろりと平らげてしまった。あんこが多いが薄味なので、くどくて食べ切れないということもない。
夕方なら並ばずに買える
思えばその日は春のお彼岸。墓参りしてぼた餅(おはぎ)を食べる習慣があるが、毎年この日はさいちで2万個も売れるらしい。確かに午前中目撃した大行列は、そんな感じだった。
休日やお彼岸に、さいちのおはぎを待たずにゲットするには、ピークを外して夕方お店を訪れるのがよいといえる。本によると、毎年の傾向を分析してかなり精密な販売予測を立てているようなので、そうそう売り切れるということはなさそうだ。
17:45の一斉半額タイムというのも見てみたい。時間を決めてすべて半額にすることで、値引きシールを貼る手間が省けるという大胆な売りさばきが行われている。
お惣菜もおすすめ
ちなみにさいちには、おはぎと並んで売れ筋のお惣菜コーナーがある。煮物がぎっしり入ったパックで数100円。コンビニの相場よりずっと安いが味は本格的である。近くで一人暮らししていたら、夕方のセールを狙って毎日でも買いに行きたいくらいだ。
需要に季節変動のあるおはぎに対して、通年で売れる惣菜を組み合わせているのも、さいちのテクニックといえる。甘いおはぎと、旨味のあるお惣菜…ついついどちらも買い物かごに入れてしまいたくなる組み合わせである。
創業者、佐藤啓二社長の本
価格に対して巨大でお得感があるのは認めるが、なぜさいちのおはぎがここまで人気なのか不思議に思う。ちょっとメディアに出て盛り上がったというのはわかるが、連日売れ続けるとは場所柄、想像しにくい。
スーパーのレジ近くに創業者が書いた本が出ていたので、後ほど東京に帰ってからアマゾンの古本を注文してみた。タイトルは『売れ続ける理由』…なるほど、これは顧客としてファンになりそうなくらい、感動的な創業ストーリーだった。
本の内容も奇抜な経営テクニックが紹介されるわけでなく、
- うまいと思えるおはぎを誠実に作り続ける
- 原料費は惜しまないが在庫管理を徹底して利益を出す
- お客様、取引先との共栄共存をモットーとする
といういかにも普通の話が中心だった。「あたりまえのことをバカになってちゃんとやる(ABC)」という標語があるが、まさにそんな感じだ。
しいて言えば、ココイチの創業者のように社長夫婦の働き方が異常というくらいだろうか。「毎日朝1時から調理場に入る」「事務所にベニヤ板を敷いて寝る」とか、美談を通り越した猛烈な働きぶりは、おいそれと真似できるものではない。
裏まであんが回るおはぎ
秋保おはぎの特徴として、その大きさ以外に一見わかりにくいが「裏まであんが回っている」という仕掛けがある。柿安系列で全国展開している口福堂のおはぎを買って裏返してみたが、確かにもち米が露出していた。
全体を均等な厚みのあんで覆うのはなかなか難しそうだ。しかもおはぎの裏側は店頭でお客さんに見えない…。まるで表に出ない基盤上のチップの並べ方にまでこだわった、Appleのスティーブ・ジョブズのようだ。
私はおはぎの担当者を予備、厳しい口調でこう言いました。
「これじゃあ、お寿司と同じだよ。うちのおはぎじゃない」
さいちでは、おはぎは寿司より上等なものとして扱われているらしい。裏まであんこを回すという見えないこだわりに、商品に対する心配りが凝縮されているように思われた。
さいちに商売の基本を学ぶ
佐藤啓二社長の本には、「臨終間際のおばあさんが喜んで好物のおはぎを食べてくれた」とか、開業時に世話になったダイユー大林社長の話とか、感動的なエピソードがいくつも紹介されている。確かにこういう姿勢でものを作り続けてくれる職人さんがいたら、お客さんでも取引先でも応援したくなりそうなものだ。
私は最初からこの土地、この商売しか知らない、井の中の蛙です。逆に言えば、この井戸の中からは逃げられないので、絶対にがんばらなくてはと思う。
実体験にもとづいて検証された経営方針は、その他多くのコンサルタントが書いたビジネス書とは、一線を画する説得力がある。まるでサミュエル・スマイルズの『自助論』を読むように、商売の基本を思い出させてくれるような良書だった。
あれだけおはぎが売れても今の時代に1個108円では、ぼろ儲けというわけにはいかないだろう。苦労のわりに実入りは少ないが、「事業の継続性」という観点からは正しい戦略、価格設定なのかもしれない。
さいちの話を読んでいると、仙台藩の宿場町が舞台だった『殿、利息でござる!』という映画を思い出した。酒屋が身代をつぶすほど事業に投資したり、行き過ぎて非合理とも思われる利他の精神に、寡黙な東北人の商売魂を見た気がする。
仙台に来たら牛タンよりおはぎ
さいちのおはぎは素朴なおいしさの代わりに添加物がなく賞味期限は当日限り。秋保に直接行かないとめったに手に入らない代物だ。今では仙台の牛タン屋もあらかた東京に進出してきたので、わざわざ現地で食べるありがたみがない。
松島の牡蠣もいいが、今度東北を訪れる機会があったら、ぜひ秋保に立ち寄ってさいちのおはぎを試してみてほしい。