昔はコレクター趣味で持ち物が多く浪費家だったが、ミニマリストに転向して家計の状況も大幅に改善した。節約についてもいろいろ試してみたが、一番効果があった方法を紹介したい。
名づけて「もやし節約術」。モノの価値をもやし単価に換算して考えることによって、わずかな金額でもありがたみを覚えて節約したくなるというテクニックだ。よく「1日あたりたった○○円」と高額な商品を買わせようとするセールストークがあるが、それを逆手に取った節約方法ともいえる。
なぜもやしで節約できるのか
一人暮らしで自炊を始めると、スーパーにある野菜の中で、もやしが驚くほど安いことに気づく。国産で30円くらいが平均だが、セールの際には10円で一袋買えたりする。一人用なら半分ずつ使って2食分のおかずになる。
相場がわかると飲食店でもやし料理を注文する気が失せる。二郎系のラーメン屋でマシマシ注文して、山のように盛られる野菜の大半はもやしである。王将のもやし炒めは470円もするが、自分で材料を買って作れば10倍くらいの量になるだろう。
こんなに安く買えるもやしについて考えていると、自分の中でお金に対する考え方が変わってくることに気づいた。買物の際、商品の値段を比べるときに、「30円あればもやしが1袋買える」と連想するようになった。頭の中で10円玉を3枚思い浮かべても「たったこれだけか」と寂しい気持ちになるが、もやし1袋を想像すると「2食分のおかずになる」とほくほくした気分になる。
すべてをもやし価格で考える
お金の価値をもやしの単価に換算して考えると、わずかな金額でもありがたみを覚えるのが不思議だ。スタバでコーヒーを飲む代わりにコンビニの100円コーヒーで済ませれば、約180円、もやし6袋に相当する節約になる。さらに我慢して家に帰ってからダイオーズ優待の無料コーヒーを飲めば、もやし3袋追加である。合わせてもやし9袋もあれば、1週間分のおかずが間に合う計算になる。
牛丼屋で60円の生玉子を追加しようと思ったら、「スーパーで10個パックを200円で買えば1個20円だから、浮いた40円でもやし1袋は買える」と考えれば、割高なサイドメニューを注文する気も失せる。
これまでなら「60円ぽっち節約しても意味ないから使っちゃおう」と考えるところだが、ここでもやしを思い浮かべることによって60円の重み(体積)が一握りの硬貨から両手で抱えるもやし2袋分にアップする。
ちりも積もれば山となる…もやしも積もれば腹いっぱいである。毎日数十円ずつ節約するモチベーションの向上だけでなく、もやしを念頭に置くことによって高い買い物もしなくなるという副次効果を期待できる。
固定費にも高額商品にも使える発展技
もやし節約術は家計の固定費節約にも効果絶大だ。ドコモやauのスマホをSIMだけ楽天モバイルなどMVNOの格安プランに交換すれば、1月3,000円は浮かせられるだろう。キャリアを解約したり、MNPの手続きをしたりする手間を考えると面倒くさくて躊躇するが、毎月3,000円節約できる価値をもやしに換算すると100袋分に相当する。
ざっくり計算して1日3袋、毎食のおかずにもやしが配達される素敵なサービスを思い浮かべるとわくわくする。1食で1袋も使えば、山盛りのもやし炒めか、もやし味噌汁を楽しめる。携帯代以外にも、例えば賃貸マンションで家賃が1,000円でも安い方を選ぶとか、普段ならたいしたことないと思う金額差でも、もやし単価で考えることによって重みが違ってくる。
その買物はもやし何個分か
人はたいてい、日用品を選ぶときは小さい金額差でもシビアに判定するが、車とか家とか高額な買物をするときは気が大きくなって無頓着になってしまう。中古車の購入でわざわざ30円値切ったりはしないだろう。家をリフォームしてシステムキッチンを入れる際も、長く使うからとついつい10万くらい高いモデルを選んだりする。
もやし節約術で日々数10円こつこつ節約しているのに、つい財布の紐が緩んで高額商品を買ってしまうと努力も水の泡だ。そんなときは「30万円もあればトラック山積みのもやし1万袋も手に入る」と想像しよう。カード決済で出ていく実体のない30万円が、とてつもないボリュームのもやしの山になる。1万袋もあれば、1日3袋食べ続けても10年くらいおかずに困ることはない。
新車を諦めれば「もやし一生分」
新車の購入を見送れば、「もやし一生分プレゼント」の懸賞に当選したも同然である。自分はもやしで節約を始めるようになってから、1万円以上のモノを買うことが滅多になくなってしまった。
日々もやし通貨のレベルで暮らすことによって「10万もする支出とかはごく一握りの富裕層とか芸能人の世界の話」と違和感を覚えるようになる。どんなものでも30円単位で値切ろうとするので、他の人と外食する店を選ぶときなど、常識がずれすぎて困ることすらある。
電車の乗り換えでも、数十円浮かそうと思って数駅手前で降りて歩くことが増えた。タクシーなどプライベートではここ何年も使っていない。セールで卵や牛乳が安ければ、たとえ数キロ先でも遠いスーパーに向かう。
「グリーン車やビジネスクラスに乗って生産性を高めた方が得だ」というような話とは真っ向から対立するが、収入を増やすより支出を減らす方が簡単で効果も確実である。
もやしにありがたみを感じるメカニズム
30円と聞くとわずかな額に思われるが、食品であるもやしに換算することによって心理的に価値がアップする不思議な仕組みがある。
たとえばお椀に残ったご飯1粒は1銭の価値にも満たないかもしれないが、つくってくれたお百姓さんの手間を考えると残すのは忍びなく思う。お皿に残ったもやし1本も、安いからといって無下に残すことはないはずだ。
何事も食品に置き換えて考えることによって、それを生産・加工・流通・料理して胃袋に収めるまでの全プロセスと、それを可能にしてくれた社会システムや人類の歴史に感謝できるようになる。
行動経済学における損失回避性やプロスペクト理論にヒントがあるのではないかと思って理論的な根拠を調べてみたが、今のところ「人間はお金より食べ物に価値を感じる」という実験や証明は行われていないようだ。
現金の交換価値よりもやしの使用価値
ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』で紹介されている「保有効果(endowment effect」の話は、もやしに希少価値を感じる理由の説明になるかもしれない。
人は従前から所有しているワインのコレクションやコンサートのチケットについて、客観的に考えるより高い売値をつけるという傾向がある。また、他の財と交換価値のあるトークンより、使用価値のあるマグカップに高値がついたという実験結果も報告されている。
何にでも交換できるキャッシュより、食用にしか使えない(しかも数日で腐る)もやしの方に価値を感じるとは、明らかに経済合理的ではない。同額の配当金より株主優待の方がうれしいとか、わざわざ時間と交通費をかけてお土産がもらえる株主総会に参加するとか、我ながら不思議に思うときもあるが、感情的な収支計算としてはなぜか金銭より現物の方が上なのだ。
もやしの使い道は1つしかない
別の考え方として、ジャムの実験で有名なシーナ・アイエンガーの『選択の科学』も参考になりそうだ。「商品の数が少ないほど売上が伸びる」という逆説的な理論だが、人の認知能力や許容量に制限があり複雑な選択肢は検討できないという理由で説明されている。
言うまでもなく現金は何にでも交換できるが、もやしは早めに料理して食べるしかない。選択肢が極限まで絞られることによって、お金よりもやしの方が認知的な負荷が低く容易に対処できると感じるのだろう。
もやしは賞味期限が短いというのもミソである。安いだけならうまい棒でもブラックサンダーでもよさそうだが、保存がきくということで余計な交換価値が生じてしまう。
また30円といえばビックリマンチョコを連想するが、だんだん値上がりして今では80円になってしまったのであてにならない。10年くらい相場が変わらないというのも、もやしを参照するメリットである。
もやしの栄養素はあなどれない
もやしは安いわりに、食物繊維だけでなくビタミンC、カリウム、アスパラギン酸を含んでいて栄養素もあなどれない。冷蔵庫に入れておいても数日で茶色くなり、傷みやすいのだけが欠点だ。
それ以外は味噌汁に入れるもよし、炒めて塩コショウで味付けするもよし、加熱具合によってシャキシャキ~しっとりした食感を楽しめるもやしは万能の食材である。
駄菓子並みの価格できっちりおかずになるもやしは素晴らしい。食べ続けていると、水っぽい茎の中にもほのかな甘みを感じられるようになる。同じ値段でお菓子を買うよりは、もやしをたらふく食べた方が腹も膨れるし健康的である。
もやし縛りで幸福になれる
30円で買える食材をあれこれ迷い始めると、認知的なストレスを感じてついつい安いジャンクフードやインスタント食品を選んでしまう。節約したお金の使い道を考えて楽しむより、シンプルに「もやししか選べない」と選択肢を絞る方が幸福度はアップする。
あえて豊富な選択肢を手放す…『自由からの逃走 』というとファシズムへの傾倒のように感じるが、もやしに逃走するのは経済的にも体にとっても健康的だ。何かと入用で勝手に消えていく現金より、早くもやしに換えて胃袋に収めてしまった方が得策ともいえる。飲食系の株主優待券をもらうと配当金よりうれしいのも同じ理屈だろう。
今日のランチをどれにしようか、食後のコーヒーはどこで飲もうか…迷ったらもやしをイメージすれば、きっとあなたも貯金できる体質になれるだろう。