フランスのプログレッシブ・ロックバンド、MAGMAが2019年久々に来日。東京公演の初日9月20日、渋谷WWWのアコースティックライブに行ってみた。
個人的には2005年の来日以来、マグマを生で見るのは人生で2回目。先日スタジオ版がリリースされたZESSはもちろん。往年の大作K.AやM.D.K.までアンプラグドで聴かせてもらえるというサプライズがあった。
渋谷WWWは元シネマライズ
東京で2日ある公演のうち、今回はあえて渋谷のアコースティックバージョンを選んでみた。ZESSは序盤のコーラスが美しい曲。何となくアンプラグドでも楽しめそうな気がした。
会場の渋谷WWWはパルコの裏にある元シネマライズ。建築家・北川原温の設計で有名なこの建築は、2016年に閉館してライブハウスに変わっていたようだ。
シネマライズには何度か映画を見に行ったことがある。スタッフが軍服のようなコスチュームを着ていて、変わった映画館だと思っていた。スペイン坂を登った路地裏にあるので全貌を把握しにくいが、今見ても複雑怪奇な外観だ。
開場20分後に到着したら、建物の外に若い人たちがずらっと並んでいる。まさかマグマがこんなに人気あるのかとびっくりしたが、お目当ては上階のWWW Xで行われる別のライブだった。
バンドメンバーの年齢的に、マグマを生で見られるのは今回の来日が最後でないかと覚悟していた。Zで始まるZESSも何となく最後の大作っぽい印象。邦題も「…無へと還る」と意味深なタイトルになっている。
アコースティックライブは葬式のように、しめやかに行われる予感がしていた。
ファンの高齢化と世代交代
入口から階段を下りると、グッズの販売ブースに長蛇の列ができている。
商品はTシャツや缶バッジのようなものが中心。相変わらずマグマのロゴマークをモチーフにした、ふざけたアイテムが売られている。2005年の来日ライブではロゴ入りネクタイまで売られていたが、今回はオーソドックスなものが多かった。
ライブ会場は3段フロアのスタンディング仕様で、腰を掛けて休めるところはない。次々と人が入ってきてスタート15分前には満員状態。このまま数時間、立ったままで耐えられるのか不安になる。
観客の平均年齢は50~60代。まれに30代くらいの若い人たちも見かける。
活動50周年を迎えたバンドと同じ世代なら、全員高齢者でもおかしくない。メンバーの入れ替えと同じく、ファン層も世代交代しているようだ。
パガノッティ夫妻の子どもたちがバンドに加わったように、幼少期から親に聞かされて育ったマグマ・チルドレンもいるのだろう。
とはいえ会場はシニアですし詰め状態。2時間も立ちっぱなしだと、倒れる人が出てきてもおかしくない。演奏者も観客も死人が出ないように祈る。
ライブのレポート
19時のオープニングで登場したのはクリスチャン・ヴァンデ。
30分ほどソロでのピアノ弾き語りが続いた。バンドではドラムを叩くイメージしかなかったが、こんなにピアノが弾けるとは知らなかった。
ピアノを弾くクリスチャン・ヴァンデ
演奏される曲は、あいにくどれも聞き覚えがない。言葉も例のコバイア語で意味がわからない。ときどきスキャットや身振り手振りを交ぜて盛り上げてくれるので、見ていてつらくはない。
マグマのライブでは、クリスチャン・ヴァンデの顔芸もパフォーマンスの一部だ。ピアノを弾きつつ白目をむくと、まるでコバイア星人が憑依したかような物々しい雰囲気が出てくる。
次にステラ・ヴァンデが登場して、練習曲のような小ネタで会場を沸かす。この方も70歳近くだが声質は昔と変わらず、まったく衰えていない。
目をつぶればそこは70年代のマグマ・ライブ。いまや「かわいいおばあちゃん」という見た目からは想像できないほど、ハイトーンの美しいコーラスが奏でられる。
ZESSはドラムなしで序盤のみ
徐々にメンバーがステージに現れ、クリスチャン・ヴァンデは若手のジェローム・マルティノにピアノをバトンタッチする。全員そろったところで始まったのは、お待ちかねのZESS。
新作紹介のムービーに出てくる収録シーンを見ても、やはりこの曲は冒頭のコーラスが白眉だ。ドラムなし、ギターとピアノ、ビブラフォンのセットでも十分聴きる。
しかしZESSは5分くらい演奏したところでフェードアウトして終了。ドラムが始まる前であっけなく終わってしまった。今回のツアーで目玉のZESSがこれでおしまいだとすると、残りはいったい何を演奏するのだろう。
アコースティック版K.A
ひと休みして始まった曲は、なんとK.A。
21世紀マグマの代表曲が、ピアノ伴奏とコーラス主体で繰り広げられた。アンプラグドなので音圧はオリジナルに劣るが、演奏の決めどころではビブラフォンが小気味よいフレーズを刻む。
まるでチック・コリアとゲイリー・バートンがデュオで「セニョール・マウス」を演奏する感じだ。クリスチャン・ヴァンデは後ろに退いて、タンバリンを叩きながら時々ボーカルで合いの手を入れるくらい。
高齢にも関わらず狂ったようにドラムを叩きまくった前回のライブでは、演奏中に死ぬのではないかと心配になった。御大にはこのくらいに適度に休んでもらった方が、安心して見ていられる。
ラストは大曲M.D.K.
残り時間的にラストのハレルヤコーラスまで続くかと思ったが、K.Aは残念ながら第一部で終了。
ステラ・ヴァンデのMCは普通に英語なので、意味がわかってありがたい。「来日は7回目だけどまだ日本語は話せない」と話していた。昔からそんなに来日していたとは知らなかった。
観客としてはすでにZESSにK.Aまで聴けて満足といえる状況。休憩後に始まったイントロで妙に会場が騒がしくなったと思ったら、次はまさかのM.D.K.だった。
男性ボーカルのイザベル・フォイヨボゥワが「メカニック・デストラクティヴ・コマンドー」と叫ぶと、会場の熱気は最高潮に。
高校生の頃、トゥールーズの1975年ライブ盤をCDが擦り切れるほど聴いたM.D.K.。たとえアコースティック版でも生演奏を聴けるとは鳥肌の立つ体験だ。まわりで見ている先輩たちにも、ときどきメガネを外して涙を拭くような仕草が見られた。
クリスチャンの壮絶なスキャット
M.D.K.後半でピアノがリフを繰り返す長いミニマルパートでは、クリスチャンがマイクを手に取り、ソロでスキャットを披露した。
ドラムこそ叩いていないが、叫びすぎて死ぬのではないかと思われるほどの絶叫パフォーマンス。老体に鞭打って繰り広げる壮絶な自虐芸のようだ。そろそろ立っているのもつらくなってきたが、ドラムを捨てても繰り広げる執念のボーカルには頭が上がらない。
コーラス部隊が戻ってM.D.K.をきっちり最後まで演奏し、ライブはいったんお開きとなった。
アンコールで披露されたおとなしめの楽曲は、何だかよくよくわからなかった。自分の勉強不足だが、マグマのレパートリーには、いまだにスタジオ録音されていない佳曲が眠っているのだろう。
最後にステラ・ヴァンデが”See you tomorrow!”と言ってステージから去って行った。
翌日は六本木のEX THEATERで2日目のライブ。さすがに2日連続で参加する予算はなかったが、初日のアコースティックバージョンで十分満足できた。
予期していなかったK.AやM.D.K.まで聴かせてもらえるというサプライズに感激。やはり来日公演は見ておいてよかった。
バンドのメンバーも半分以上若い世代に入れ替わっているので、たとえクリスチャン2名が引退してもマグマの活動は続くのではないか。この調子だとZESSで終わりそうな気配はまったくない。
2005年来日ライブ、K.Aの思い出
マグマのライブを見るのは2005年の来日以来14年振りだった。前回は渋谷のO-EASTだった。
これが自分にとってはマグマの初ライブ。しかも2004年に発売されたK.Aというアルバムは出色の傑作で、生演奏も期待通りの迫力だった。ラストの「ハレルヤ!」連呼はいま思い出しても身が震える。
主催者のクリスチャン・ヴァンデはもう71歳だが、2000年以降もコンスタントにスタジオアルバムを発表している。しかもクオリティーが半端でなく、K.Aなどは過去の名作と比べても遜色ない。それどころか構成の緻密さや完成度は旧作を上回るレベルといえる。
他のプログレバンドの来日公演には、ノスタルジーを求めて出向く感じになる。全盛期のメンバーが揃わなくても、昔好きだった曲を目の前で演奏してもらえると目頭が熱くなる。
しかしマグマの場合はそういう懐かしさに「今度はどんな新しいことをやってくれるんだろう」という好奇心も加わる。
結成50年経っても進化し続けるジャズ・ロックバンドとしては稀有な存在だ。いまや英国のキング・クリムゾンと双璧をなす欧州バンドの大御所。
時代によって曲調は変わっても、コバイア星を舞台にした独自のストーリーと芸風で70年代から続けているのがすごい。
2024年パリ五輪にマグマ登場?
その後10月に発表された2024年パリ五輪のロゴが、マグマにものすごく似ているように見える。
円形の2色刷りで、上から垂れている髪の毛のモチーフはマグマを若干柔らかくした感じ。下の方に口を追加するパターンもMAGMA LIVEのジャケットで既出だ。
2024年のオリンピック開会式では「PARIS 76」よろしく、ヴァンデ=トップがDe Futuraとか演奏するのだろうか。
50年も活動を続けているバンドで、ユーロ・ロック界への影響は計り知れない。もしかするとフランス本国では国民的ロックバンドとして崇められているのかもしれない。コバイア語を翻訳したり体系化している研究者がいてもおかしくない。
希望的観測ではあるが、2024年パリ・オリンピックでのマグマの活躍・大噴火に期待したい。