長年お世話になった株式会社を昨年退職して、節税目的の合同会社(LLC)を資本金1円で設立した。ちょうど年末調整の時期になり、所得税税収高計算書や法定調書合計表を作成、管轄税務署に郵送して済ませた。月末の給与支払いと保険料納付以外、売り上げも上がっていないので放置プレイの会社だが、設立にいたった経緯をまとめてみようと思う。
会計ソフトの選択に時間がかかりレシートを溜めてしまったが、こちらもフリーウェイ経理Liteという無料ソフトで済ませることができた。
資本金1円なので、有料のクラウド会計を契約する余裕などない。
国民健康保険も健康保険任意継続も高すぎる
会社を退職したサラリーマンがまず悩むのは、国保と社会保険のどちらに加入するかという問題だ。すぐに他の会社に転職するとかでなければ、基本は無職・アルバイト・個人事業主などの第1号被保険者として国民健康保険に加入することになる。しかし前職で政府管掌の協会けんぽに加入していれば、退職後20日以内の申請に限り最長2年間、任意継続を行うこともできる。
国保と社保の任意継続、どちらが保険料的にお得か、というのがよく話題になるが、扶養家族がいない単身者であれば、国保加入の方が安く済む場合が多いだろう。社会保険の任意継続を選べば、会社負担だった保険料の半額分を自分で払うことになるので、最後の給与から天引きされた保険料の2倍になる。一方家族連れなら、扶養者がいくら増えても保険料定額な社保任意継続の方が有利な場合が多いようだ。
国保の保険料については、市役所の保険窓口で「会社を退職したので国民健康保険の加入を検討している」と伝えると、前年度の所得から金額を計算して教えてもらえる。居住地のウェブサイトに出ている保険料の計算式から求めることもできるが、やや複雑なので窓口に聞きに行った方が正確で早い。
自分の場合、たまたま前年度の会社売り上げが大きくて、賞与を大盤振る舞いいただいたので、国保に切り替えた場合に意外と高くつくことがわかった。国保の保険料は前年所得から決まるので、もし退職を予定しているなら前の年の給与は安く抑えてもらった方がよい。
役所の方のアドバイスとして、「今年中は社会保険の任意継続を選んでおいて、来年から国保に切り替える」(今年は仕事を辞めて所得が低いので、来年の保険料も安くなるはず)というテクニックを教わった。どのみち払わなければならない保険料なら、少しでも安い方がましかと思ったが、それでも年末まで残りの月数、会社員時代の2倍の保険料を払い続けるのは癪な気がした。
新会社を設立して最低等級の社会保険に加入する裏技
国保加入か社保任意継続…なにか別の方法で保険料を抑えられないかと考えていたところ、新たに会社を設立して最低等級の社会保険に加入するというアイデアを思いついた。株式会社でなく合同会社(LLC)なら設立費用も安くて済むはずだ。任意継続の場合の数か月分の保険料と比べても、設立費用の方がずっと安くなりそうだった。
また、すでに始めている個人事業と併存させてうまく事業の切り分けができれば、LLCを利用したさらなる節税対策も試せそうだ。前の会社でも代表を務めていたが、他の株主や従業員の手前、あまりあこぎな節税テクニックは使えなかった。自分一人のLLCなら思う存分、趣味の節税を試行錯誤できる。
設立費用が安い以外メリットがない合同会社を選んだ理由
会社設立にあたって必要経費を抑えたいのと、余剰資金はなるべく投資に回したかったので、あえて資本金1円という道を選んだ。新会社法でおおやけに認められている「1円会社」だが、株式会社だけでなく合同会社でももちろん可能である。
合同会社とは、一般的には「設立費用を少しでもケチりたかった貧乏人の会社」という認識で間違いないと思う。すべて自前で手続きするにしても、絶対必要な登録免許税が株式会社だと15万円のところ、合同会社なら6万円で済む。ただ、まともに商売をするつもりなら、9万円くらい上乗せになっても社会的信用がある株式会社を選んだ方が得策だろう。「合同会社は社員に任期がない」という特徴もあるが、株式会社でも役員任期は最長10年設定可能なので、あまり変わらない。
自分の場合、すでに株式会社の設立に2回関わっており、個人事業と有限責任事業組合(LLP)もつくったので、有限会社は間に合わなかったが残る最後の法人形態LLCを試してみたいという気持ちもあった。
余談だが、人前で話したり紙に書いたりするときに、どうしてもLLCをLCC(格安航空会社)と間違えてしまう。LCC(Low Cost Company)と解釈しても意味は間違っていない気もするが、本来はLimited Liability Company(有限責任会社)の略である。
資本金は1円で問題ない。銀行口座開設もOK
資本金は1円でも法律的に問題ないはずだが、実際に1円で起業したという人はお目にかかったことがない。それもそのはず、一般的には設立の諸経費や、赤字の場合でも法人住民税均等割りなどで、会社運営していれば数10万の経費などすぐ吹っ飛んでしまう。
また、設立後に法人の銀行口座を開設する際、資本金1円だと窓口で怪しまれて断れるとか、信用がなさすぎて融資を受けられない、取引先からの与信調査でも不利になるなど、1円会社は話のネタ以外になんのメリットもない。会社をつくるならせめて100万円くらいは資本金を用意しよう、というのがベンチャー業界の常識である。
もはや資本金1円の登記簿謄本など「私はアホです」とアピールしている以外のなにものでもない。しかし個人的な興味として、1円会社でどこまで不便を強いられるのか検証してみたいと思い、あえて設立に踏み切ってみた。口座開設できないなど、致命的な問題があればすぐ増資すればよいし、そもそも節税目的の会社なので銀行融資を受けるつもりもなく、与信調査されそうな大手企業と取引する予定もない。
資本金1円でも銀行口座は開設できた(ゆうちょ銀行)
会社設立の書類をそろえて法務局に持っていったが、窓口では受け取るだけなので特に何も言われなかった。後日、定款の記載に不備があって電話で呼び出しがかかり、法務局内で修正を行ったが、その際に担当者に「1円…アホですね」なんてほくそ笑まれることもなかった。
結果的に登記完了して謄本を取るところまでは、資本金1円でもまったく問題なかった。その後の税務署、市役所、年金事務所への届け出でも、資本金について突っ込まれることはなく拍子抜けするほどだった。
さて懸案の法人口座開設だが、最初は大手都市銀行の三菱東京UFJ銀行に相談に行ったが、資本金とは別の問題で開設を見送り、ネットで「審査がゆるい」と評判のゆうちょ銀行に向かってみた。東京都内だが、郊外の小さな郵便局で、法人口座の開設に慣れていないのか窓口からセンターに問い合わせしたりやたらと待たされたが、形式通りに書類を整えたら何の問題もなく口座開設できて通帳・キャッシュカードも受け取れた。「1円会社は信用がなくて銀行口座開設できない」とささやかれている噂は、ゆうちょ銀行には当てはまらない。他の銀行と違って口座開設の際に見せ金も求められなかったので、1円どころか0円で口座開設できた。
交通費計上の可能性を考え月給5万で標準報酬1等級に
会社設立最大の目的、保険料の節約だが、いろいろ考えて毎月の報酬額は5万円とした。合同会社で代表社員という肩書だが、株式会社の役員と同じく定期同額給与や事前確定届出給与の縛りを受けるので注意が必要だ。月給5万円なら、標準報酬の等級は1で、現時点で東京都なら健康保険料は5,776円、厚生年金保険料は16,000円(会社・本人負担合算)の最低額で済む。
等級1の範囲なら63,000円未満まで給与は出せるが、後々遠方にシェアオフィスを借りて登記したりして、非課税の交通費を計上するという姑息な手段も検討していたので、やや抑えめできりのいい5万円に設定した。交通費は所得税には影響しないが、不思議なことに社会保険料の計算には含まれるルールになっているので要注意だ。遠くから高い交通費をかけて通勤していると、その分、等級が上がって保険料を多めに取られるという不可解な制度がまかり通っている。
ゆうちょ銀行はなぜか他のネット銀行と同様に、社会保険料の自動引き落としに対応していないので、毎月給与支払いと同時にペイジー払いで済ませている。さすがに保険料納入告知書を持って銀行に持っていく必要はないが、早くゆうちょ銀行も自動引き落としに対応してほしいものだ。
税金と保険料のどちらを最適化するか?
税金に詳しい方はお気づきの通り、「所得税・住民税0円」を実現するにはもう少し給与をはずんでも問題はない。具体的には扶養控除等申告書を出して月給88,000円未満までなら源泉徴収の必要がない。
所得税については基礎控除38万円と給与所得控除65万円を合わせた「103万円の壁」が有名だが、住民税0にするなら居住地によってもう少し低い年収に抑える必要がある。しかし税金に関しては保険料と違って、扶養控除に社会保険・生命保険、小規模企業共済に滞納していた国民年金の追納など、各種控除を適用して納税額を減らせる余地がある。
もっと給与を払っても無税生活は実現できるが、そうすると社会保険料の方がどんどん上がってしまう。厚生年金保険料は月給93,000円未満まで一律16,000円なので、やはり年収103万円くらいが保険料と所得税をミニマムに抑えるバランスの良いラインかもしれない。しかし自分は、節税の工夫し甲斐がある税金に比べて、問答無用で天引きされる保険料の方に敵意を感じるので、今回は標準報酬等級を最低に抑える月額報酬を選んだ。
設立からしばらく経って、健康保険証も届き問題なく病院で使えている。1円起業なので、当面の経費はすべて役員借入金の負債というみっともないバランスシートだが、誰に見せる決算書でもないので不都合は感じていない。給与を激安に抑えたことにより、その後ある事情で思わぬ損をしてしまったが、これについては機会を改めて報告しようと思う。LLCでも代表社員は定期同額給与のため、期中に金額変更できない(損金算入されない)という縛りがあるのが難しいところである。