愛知県犬山市にリトルワールドと呼ばれる野外民族博物館がある。世界各国の衣食住を紹介する博物館ということで、一言でいうと大阪の万博記念公園にある国立民族博物館の屋外版だ。各国の食事や衣装も試すことができて、どちらかというと学術展示というよりはテーマパークの意味合いが強い。
これは将来の小屋づくりの参考になるのではないかと思い、岐阜滞在中に犬山市まで足を運んでみた。感想として、大人一人でじっくり見てまわると、広大な敷地と屋内展示も含めて1日ではとうてい見きれないくらいのボリュームがあった。
一見、子供向けの展示に思われるが、建物細部や小物類の復元、平面配置の解説も充実していて、建築の専門家もうならせる内容だ。名古屋にあるトヨタ産業技術記念館に近いイメージだ。屋内展示では、およそ世界中のあらゆる狩猟や農耕道具を数万点も集めた感じで、これだけで半日は費やしてしまう。
犬山市というと明治村やモンキーパークも有名かもしれないが、国宝犬山城天守閣とセットで2~3泊のツアーを組んでもよいクオリティだ。自宅が近くならリトルワールドの年間パスが欲しいと思った。リトルワールドの魅力について語りつくすと1万文字くらいの記事になってしまいそうだ。多少のネタバレを含めて各住居の見どころを紹介してみたい。
18きっぷ利用でJR鵜沼駅から2時間歩いて向かった
普通は車か犬山駅からバスで向かうと思うが、18きっぷを利用していてJR以外の路線は使いたくなかったので、始発で出て2時間くらいかけて鵜沼駅からリトルワールドまで歩いてみた。
12kmくらいの道のりだが、途中の県道461号は山道にも関わらずしっかり路面が整備されていた。さすが車社会の愛知県だ。途中に犬山成田山やモンキーパークの観覧車が見えた。
鵜沼駅を出てすぐ、以前上ったことはあるが、川越しに犬山城の天守閣が見えた。岐阜駅から見える金華山の岐阜城といい、岐阜~愛知は質のいい城郭遺構にめぐまれている。
リトルワールドに近づくと森の中の歩道が現れたが、笹が茂っていて歩きづらそうだったので車道を歩いた。車の交通量は多いが、さすがにリトルワールドまで歩いて向かう観光客は自分以外いないらしい。
年間パスは5,000円。3回通えば元が取れる。
坂を上ってたどり着いたリトルワールド入口。トラス構造の大屋根がどことなく1970年の万博気分を漂わせている。土曜の朝一だが、10時の開館前に15人くらいは先客が並んでいた。
入館券は大人1,700円。年間パスは5,000円なので、3回行けば元がとれる。自分のようなニッチな趣味のお客さんには刺さるコンセプトだと思うので、USJのように一般入場してから年間パスに切り替えできるサービスとかつくればいいと思う。ディズニーランドに1回行くよりは、リトルワールドに3回通いたい。
山形県~韓国~タイ~トルコ
広い敷地は反時計回りが推奨ルートだが、空いているかと思ってあえて逆回りで進んでみた。
最初の家は「山形県 月山山麓の家」。ダム工事で水没する民家を移築したらしい。母屋に馬屋をL字型に接続した、岩手の曲が家と似たスタイルだが、こちらは2階にカイコの部屋があったりして、巨大なつくりになっている。
内部は囲炉裏を炊いており、養蚕や雪下ろしの小道具が並んでいて結構臨場感がある。便所や台所のような裏方もあまさず公開されているのがおもしろい。むしろトイレや釜に関しては世界中の住居でほぼ作りが同じだと感じた。
タイミングが合えば、ボランティアガイドの方がじっくり説明してくれる。囲炉裏の四隅の木が、棺桶と同じにならないようにわざと一か所、直線的なL字で組み合わされているなど、いろんなうんちくがあるのでぜひインタビューしてみてほしい。
朝から歩いてお腹が空いたので、さっそく山形の家で450円の「芋っこぼた餅汁」を試してみた。里芋を擦り込んだ餅でぼそぼそした独特の歯ごたえがあった。
次の「韓国 地主の家」ではオンドルの部屋を見ることができる。実際に稼働してはいなかったが、門の横の使用人の部屋までオンドルが設置されてあり快適そうだった。部屋の外の縁側に、煙を出す用の煙突が生えている。
併設する「韓国農家」はより質素なつくりでタイニーハウスの趣を感じさせる。妙に天井の低い空間や、細い階段で上がる隠し部屋のようなものがありわくわくさせる。
「タイ ランナータイの家」は、軒先に「誰でも飲んでいい水」とか「精霊のほこら」とかがあっておもしろい。さすがに各家庭で象は飼っていないと思うが、各所に写真撮影スポットが用意されている。
「トルコ イスタンブールの街」は、先日紹介した代々木上原のモスクのようにぜいたくな大理石づくりだ。噴水を囲んだ石の中庭など、アジア系の民家とはまったく違うエキゾチックな興奮を味合わせてくれる。
「イスタンブールの民家」は各部屋にテーブルを囲んだ凹み型のソファブースがあり、かなり快適そうに見える。絨毯やクッションカバーのファブリックも豪華で、これなら現代の住宅でも参考になりそうな気がした。
昼食はトルコのデュルムをチョイス
迷った末に本日メインの昼食に選んだのは、トルコのデュリュム(500円)だ。ケバブの具をナンのような小麦ベースのもちもちした生地で包んだ感じで、実はこの料理には個人的な因縁がある。
学生時代にオーストリアを旅行していたとき、街中のまともなレストランは高くて入れず、なぜかいたるところで売られているケバブばかり食べていた。日本の牛丼屋に相当するようなファストフードが、ヨーロッパではケバブなのではないかと思う。
さすがに連日食べて飽きてきたので、ザルツブルクでモーツァルトの家を見た後に駅前でDurumというメニューを注文してみた。渡された一物は丸太のように膨れ上がった塊で、ブラックジャック的な凶器になりそうな禍々しさを漂わせていた。気合で完食したが、ぜひGoogleの画像検索で「Durum」と入れて、海外サイズのデュリュムをチェックしてみてほしい。
リトルワールドのデュリュムは日本人向けに控えめなボリュームだったが、500円にしてはかなり腹が膨れた。お腹いっぱいになりたいなら、ケバブよりデュリュムがおすすめだ。
また、すぐ先のアフリカンプラザにダチョウ・ワニ・ラクダの串焼き3本セット(900円)があるので、これをおかずにしてもいいだろう。ダチョウとラクダくらいはいいとしても、ワニ肉なんてめずらしいのではなかろうか。
インド~アフリカ~ヨーロッパ
「インド・ケララ州の村」は赤いレンガ造りが印象的。来訪者を音で知らせるよう階段の踏み段が動く仕組みになっていて、隠者屋敷のような側面もある。「ネパール仏教寺院」は極彩色の仏画が見もので、中国寺院にありそうなそれより、さらにぶっ飛んだセンスを感じさせる。
おそらく視覚的に一番インパクトがあるのは、「南アフリカ ンデベレ族の家」だろう。
キース・ヘリングのような現代アート的壁画が見えて、なにか観光用の売店かと思ったのだが、れっきとしたアフリカの伝統住居である。
アフリカン・プラザのレストランの奥にあるので、うっかり見逃してしまいそうだが、「西アフリカ カッセーナの家」も相当変わっている。
なにか昆虫やアリの巣のように塗り固められたカマクラ状の居室が密集していて、サバンナの暑熱を防ぐためか、入口が茶室のように小さい。まわりを外壁で囲んで数家族で集まって住むのは、部族間の争いが絶えないからだろう。
途中にある「テント村」という施設では、スウェーデンのサーミやモンゴルのパオなどを見ることができる。同じテントでもモロッコやアフリカの方は柱と屋根だけで開放的な作りになっていた。
続いてヨーロッパのエリアに入ると、「イタリア アルベロベッロの家」はトゥルッリと呼ばれる石をドーム状に積み上げた屋根が特徴的だ。説明を読むと、領主が家1棟あたりの税金をごまかすために、すぐに解体できる石造りの屋根を勧めたということで、自然環境以外の人的要因によって形成された特徴的風景だとわかった。
なんとなくジブリ映画の影響か、こういうヨーロッパの古い民家には憧れを感じてしまう。逆に山形月山の家は「おしん」の影響か、うすら寒い雪国の険しい生活をイメージしてしまう。
「フランス アルザス地方の家」と「ドイツ バイエルン州の村」は場所が近いからか似たような印象だ。ドイツの方はオクトーバーフェストをテーマにした展示があり、ビールやソーセージをたらふく食わせてくれるので、レストランはここが一番人気だった。展示も気合が入っていて、ドイツ村には「聖ゲオルグ大聖堂」という大きな教会まであったりする。
ポリネシア~ペルー~アラスカ
その隣の「ポリネシア サモアの家」はヨーロッパとは打って変わって質素な茅葺小屋だ。これまで観てきた小屋に比べると、「こんなあばら家で暮らせるのか」と不安になるくらい野ざらしのつくりだが、熱帯地方では屋根さえあれば不便しないのだろう。さすがい日本の気候には耐えられないのか、崩れかかって立ち入り禁止になっている区画もあった。
「ミクロネシア ヤップ島の家」は壁もあってもう少しまともな小屋だが、このサイズだったら無人島に漂着しても自力で作れそうに思った。いざというときのために、完成イメージを目に焼き付けておこう。
「インドネシア トバ・バタックの家」は外壁の装飾がペイントと思いきや、精巧な浮彫で表現されていてものすごい。同じインドネシア「バリ島貴族の家」はもはやこれ自体、小型のボロブドゥール遺跡という感じで、住居よりも宗教施設に見える。
貴族の家で相当豪華に飾り付けられていても、なぜかどの小屋にも壁がない。インドネシアにはプライバシーという概念が必要なかったのだろうか。
「ペルー アシエンダ領主の家」は個人宅としては一番贅沢なつくりだった。広い中庭から金ぴかの教会まで併設されている。家の壁に過酷な労働の絵が描かれていたから、おそらくその他大多数の小作人を搾取して築き上げられた富なのだろう。
「アラスカ トリンギットの家」はまず異様な壁画に目を奪われるが、野太い丸太で組まれた巨大な空間に度肝を抜かれる。アラスカの寒い地方で暮らしは厳しかったと思うのだが、魚やアザラシは豊富に取れて食生活は豊かだったようだ。
北アメリカ~台湾~沖縄
「北アメリカ ナボハの家」では、ゾーンVの「テント村」にもあった「北アメリカ シャイアンのテント」と似た三角屋根が林立している。いわゆる小屋とかテントといえば、常にノスタルジーをもって語られるインディアンのティピだが、広めのキャンバス布が手に入れば、わりと簡単につくれそうな気がした。
「台湾 農家」は中庭を囲んだ凹型の整然とした作りだが、韓国と同じで儒教や風水が平面配置にかなり影響しているようだ。外にある妖怪のような穀物庫がちょっとかわいい。
「アイヌ ポロチセ」は残念ながら修復工事中で見られなかった。「沖縄県 石垣島の家」は昨年、石垣島に旅行して「やいま村」という古民家テーマパークで見た形式と同じだった。高級ホテル「星のや竹富島」では沖縄の伝統的家屋に泊まれるような体験ができるので、気にったら現地に行ってみるとよいだろう。
「鹿児島県 沖永良部島の高倉」にある「ねずみ返し」は、さすがに弥生時代の円盤状板ではなく、ブリキが巻いてある進化したつくりだった。
小屋ゾーンと同じくらい見ごたえある本館展示
帰りがけに入口近くのお土産屋をのぞこうと思ったら、広大な屋内展示があることに気づいた。大阪の民族博物館と似たような内容だが、収蔵品の数が半端ない。時間がなかったので駆け足で通り抜けただけだが、ぜひフリーパスを買って通い詰めたいくらい見応えがありそうだ。
帰りも可児市のJR下切駅まで歩き
リトルワールドからの帰りも18きっぷ利用のため、東に向かって可児市のJR下切駅まで歩いてみた。こちらも10km近くの道のりがあり、名鉄線の犬山駅からバスで往復するか、自家用車でないと厳しい立地だ。なかなか険しい峠道を歩いて向かったが、道すがら近隣のリトルワールドの影響か、木の電柱をリサイクルした家や、ログハウス風のカフェなどおもしろい住宅がいくつかあった。
何年も前に明治村を訪れたときはその存在すら知らなかったリトルワールドだが、この歳になってみると、フランク・ロイド・ライトの帝国ホテルよりポリネシアのあばら家の方が自分でもつくれそうでおもしろく感じた。
いつかDIYで庭先に小屋やツリーハウスをつくってみたいとい人は、ぜひリトルワールドで世界の住居をリサーチしてみるとよいと思う。