チャンバラも敵討ちもない時代劇映画 『武士の献立』が意外とよい

加賀藩が舞台のチャンバラが出てこない実話ベースの異色時代劇。『武士の家計簿』に続いて、『武士の献立』も観てみた。

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二番煎じの作品ということで、たいして期待せずに観た作品。実は肝心の「料理」というテーマが控えめで、代わりに加賀騒動を背景にした悲劇や、ヒューマンドラマの要素が多い。そのため、ひたすら地味な『武士の家計簿』よりかえって楽しめた。

(以下ネタバレ)

上戸彩演じる舟木春が意外といい

前作『武士の家計簿』では主人公の妻役が仲間由紀恵で、時代劇として『大奥』のイメージが強く、下級武士の嫁としては不釣り合いな印象があった。後半の節約ストーリーで、着物が質素になっても、隠しきれないセレブ感が出ていて違和感がある。

一方、本作の上戸彩の方は、江戸からの長旅で顔に泥を塗って出てくるシーンもあったり、ひどい扱いようである。しかし、町人出身であることが引け目にならないよう、きびきび働くシーンは好感を持てるし、主人の帰宅で刀を預かる場面など、武家の妻としての大げさな立ち居振る舞いに新鮮味を覚える。

春が安信に料理を教えるシーンは序盤に少し出てくるが、あれほど不器用であった安信が饗応料理の陣頭指揮を務め、後に父伝内を超える御料理頭に出世するというのは唐突な感じがする。

舟木家の一員として料理の素養はあったが、剣術(佐代)に未練があって身が入らなかっただけ。春の影響でだんだんやる気が出てきて、能登に旅するあたりから才能開花した、という筋書きなのだろうか。

加賀騒動関連のエピソードが彩を添える

幼馴染の今井定之進が、土佐守暗殺を企て返り討ちにされるシーン。緊張感のある前振りだが、絶対にチャンバラは見せないというポリシーなのか、事が済んだ後の血だまりくらいしか出てこない。

普通のドラマだと、ここで安信が間に合って窮地を救うとか一緒に殺されるとか、すっきりした終わり方になると思う。春の機転で刀を隠され、安信は参戦することなく終わる。その後怒って春を手にかけることはないにしても、あれだけ改革派に内通していた安信の面目は丸潰れ。映画を観ている方としても、安信にはここで親友の仇を打って派手に死んでもらった方が溜飲が下がる。

しかし母が諭すように、藩主吉徳・大槻伝蔵の後ろ盾を失った状況で、残党に加担しても犬死に必死。しかも舟木家取り潰しで親戚一同大迷惑というシナリオで、ここは女性陣の方が合理的で正しかったといえる。

その後の饗応料理の準備で、父伝内も「武士の務めに私情をはさむな」と安信を叱る。仇を打つのも務めを果たすのも、同じ武士の役目。ここで感情に流されず台所に復帰するのは、無口な安信が案外思慮深かったということだろう。

最終的には主君である前田家、ひいては一族郎党が仕える加賀藩の利益に使えるのが絶対的な善と認識して、対立する土佐守とも和解したようにみえる。

土佐守は忠臣蔵の吉良義央、幕末の井伊直弼のように、大槻派を粛清した憎まれ役として登場する。しかし実は藩政の安定化と加賀藩の復権を画策した苦労人だったのかもしれない、と匂わせている。

安信との確執も、「過去のことは水に流して藩を再建しよう」という風に解消され、仇討ちで終わらない、こんな時代劇は観たことがない。『武士の献立』は料理よりも、もっと深いレベルで考えされられる映画だった。

感涙にむせぶ舟木春の家出シーン

饗応が終わって土佐守と対峙するシーンでは、抜刀誅殺する筋書きもなくはないと思ったが、そうはならなかった。

逆にこれでハッピーエンドかと思いきや、家に帰ると春が家出していたという展開は正直読めなかった。かつて安信が佐代と恋仲にあり形見のかんざしを持っている。そして邪魔者、定之進が体よく殺され、佐代が戻ってきて安信の心が動く、という伏線は張られていたのだが。

おてんば娘として描かれる舟木春だが、安信を一人前の料理人に仕立てるという伝内との約束を果たし、かいがいしく身を引くという切ないストーリー。娯楽映画に見せかけた純文学のようで、正直ここで終わりでもよかった。だが、もちろん舟木家総出で春を取り戻して一家団欒、末代まで前田家に包丁侍として仕えた、というエピローグで幕を閉じる。

金沢城下は基本的に『武士の家計簿』と同じセット

金沢城への登城シーンは、『武士の家計簿』ほど何度も出てこない。五十間櫓を背景に、橋爪門一の門の前の橋を渡るのところはまったく同じである。武家屋敷の門構えや内部も同じで、挙式翌日に新妻が台所に出てきて咎められるという展開まで同じである。

職業が会計士から料理人に変わっただけで、意図的にシリーズものであることを強調している演出が多い。舞台装置として唯一の違いは、1カットだけ金沢城下の復元CGが使われていた。一瞬、模型のジオラマかと思ったがエンドロールを見るとCGなようだ。史実が不明ななので、天守は表現されていなかった。

最後に出てくる貝焼き(かやき)の謎

最後に春が能登の海女の店(?)で、ホタテ貝の上で具を焼いているシーンがある。海女が「かやき(貝焼き)」と言ったように思うが、この料理が北陸にもあったとは知らなかった。

太宰治の旅行記『津軽』でも紹介されている貝焼きは、青森~秋田の郷土料理だと思っていた。まあ、貝の上で具を焼いたり煮たりするのは誰でも思いつきそうなものだ。調べれば島根の方にも伝わる調理法らしい。

兜を鍋の代わりにした義経鍋も、青森各地や奈良の多武峰(とうのみね)など各地で振る舞われるし、本作に出てくる柚餅子(ゆべし)も全国にバリエーションがありすぎて、どれがオリジナルともいえない状況だ。