北浦和の埼玉県立美術館で開催中の建築展レビュー。「インポッシブル」すなわちアンビルトな建築作品にフォーカスした内容である。決して王道ではないが、邪道とも言い切れない建築表現の一端を垣間見ることができる。
この分野が好きな人にはおすすめ。歴史に語り継がれる展示になると思うので、埼玉で見逃した人は、今後巡回予定の新潟、広島、大阪まで見に行った方がいい。
タトリンの記念塔からザハの新国立競技場まで、およそ100年にわたるアンビルトの名作が網羅されている。思いつく限りすべての名作が展示されているわけではないが、展示会場にぎっしり詰め込んだ作品は2時間経っても見尽せなかった。
インポッシブル≠アンビルト
展覧会のタイトルは正確には「インポッシブル」に打消し線がついている。なんでわざわざこんな面倒な表記になっているかというと、理由は以下のように説明されている。
建築の不可能性に焦点をあてることによって、逆説的にも建築における極限の可能性や豊穣な潜在力が浮かび上がってくる-それこそが、この展覧会のねらいです。
展示ウェブサイトより
「善悪、好悪」という評価基準が二項対立によって成り立っているように、「実現可能な建築」は「不可能な建築」を定義することによって考想できる。あえて業界用語の「アンビルト」を選ばなかったのは、そういうポジティブな意味をこめたかったのだと察する。
建築活動の大半はアンビルト
多感な時期を過ごしている建築学生さんは、こんな「お金にならない」プロジェクトに惑わされず、世間の役に立つポッシブルなアーキテクチャーについて勉強しよう。そういう反面教師としてのメッセージとも受け取れる。
しかし現実的には、建築雑誌に載ったり歴史に残ったりするような作品をつくれる建築家はごく一握り。大御所クラスですら、射止めた国際コンペが諸々の事情で実現できないこともある。結果的にインポッシブルになった作品も含めて、「実現しなかった建築」のマーケットは相当広い。
今は有名な建築家も、「デビュー作は狂ったようにすごいアンビルト」という例がある。本展に安藤忠雄やレム・コールハースの作品が並んでいるのが間違いでない。誰に頼まれたわけでもなく、セルフファンディングで制作されるドローイングや模型。雑誌や展示という媒体で発表されるアンビルトとは、若手建築家の伝統的なプロモーション手段といえる。
冒頭からメタボリズム推し
最近、森美術館や国立新美術館で開催される建築の展示は、驚くほど来館者が多い。今回の展示も平日に向かったのに、埼玉という立地に関わらず大盛況だった。
冒頭にピエール=ジャン・ジルーという作家の映像作品が展示されており、黒川紀章の東京計画1961(Helix計画)を再現した内容になっている。都市景観は部分的に実写を取り入れて、うまく合成しているようだがCGとの継ぎ目がわからない。
映像化された細部を見てみると、構造体の上に並んでいるユニットは、いかにも安っぽい昭和のプレハブ住宅という感じだった。今これが技術的に可能だとして、実際に住みたいかといわれると微妙だ。昔、中銀カプセルタワーに住むのに憧れたが、歳をとって価値観が変わったのだろう。
展示室の中には、工芸品ともいえるクオリティーのHelix巨大模型が展示されている。国立京都国際会館の菊竹清訓案1/100模型もでかい。50年経ったあとでも、こうして映像や模型で再現されているのを見ると、メタボリズムの影響力はあなどれない。そのうちシムシティーのアーコロジーみたいなものが、本当に実現しそうな気がする。
ダンテウムは模型もある
作品のセレクションとしては、どこかで見たことあるような有名作品は半分くらい。あとは瀧澤眞弓や川喜田煉七郎という、あまり知られていないマイナーな国内建築家にスポットが当てられているようだ(自分の勉強不足)。
ドローイング系だと、レベウス・ウッズもレイモンド・アブラハムも出ていない代わりに、ジョン・ヘイダックの仮面劇が展示されている。CG系はアンビルトの宝庫といえるが、長倉威彦の有名作品とマーク・フォスター・ゲージの最新作に絞られていた。
ジュゼッペ・テラーニのダンテウムは、20年前のa+uか10+1で、CG化された画像を見たことがある。今回展示されているアニメーションは、千葉工業大学の研究室で製作された最新版。そしてなんと1/100模型まで再現されている。
映像だけだといまいちピンとこなかったダンテウムのスケール感が、模型を見てようやく確認できた。らせん状に上昇していくシーケンスの中で、「地獄」の部屋や「煉獄」の下層がどうなっているのか、模型の中身も非常に気になる。
ある意味、イタリア版「養老天命反転地」と呼べそうなアート作品、ダンテウム。ファシズムという文脈を抜きにして、どこかのテーマパークで再現されたりしないだろうか。
ザハの新国立競技場
「アンビルトの女王」という名誉なのか不名誉なのかわからない呼び名が定着してしまったザハ・ハディド。もちろん今回の展示でも大トリを務めている。
展示されているのは新国立競技場のCG映像や風洞実験に使われた模型で、あたかも追悼コーナーのようになっている。説明文によると「ザハ案は(予算的なところ以外は)十分に実現可能だった」という趣旨で、構造解析や避難シミュレーションの映像も展示されている。
積み上げると数メートルの厚みがありそうな設計図書の山…キールアーチや開閉屋根の仕組みなど、表に出てこない膨大なリサーチの一端をうかがい知ることができる。世間の議論は別にして、ゼネコンの技術者は真剣に検討したのだろう。結果的に白紙撤回されたのは、設計者だけでなくエンジニアにとっても残念な結果だったと思う。
埼玉県立美術館の名作椅子コーナー
埼玉県立美術館は初めて訪れたが、1982年、黒川紀章の設計だった。
駅側の入口に突き出したグリッド状のフレームや吹抜けもユニークだが、くまなく探検すると階段の踊り場に妙なオブジェがあったりする。外壁から斜めに出ている柱が階段に貫入している。頭をぶつけると危ないので、足元は柵で覆われている。
特筆すべきは館内に散りばめられた名作椅子の多さ。ここまで使い込まれて味が出たバルセロナチェアは見たことがない。
マッキントッシュやリートフェルトなど、何十種類もある椅子に座れるので勉強になる。実際に腰かけてみると、クッションが柔らかすぎて思ったほど快適でなかったりする。
マルセル・ブロイヤーの籐張りの椅子は、スチールの脚がこんなにしなると思わなかった。まるでイケアのポエングのように跳ねることができて、サイズ感も手ごろ。リプロダクトで4万はするが、家に置いてもよさそうに思った。
似たようなデザインのミースのMRチェアは、もっと弾力性がありそうだ。こちらも展示をリクエストしたい。埼玉県立美術館は名作家具のショールームとしても楽しめる。