何年振りかで訪れた新宿オペラシティのNTTインターコミュニケーションセンター(ICC)。坂本龍一の「設置音楽」シリーズ2作目を見に行った。企画展は500円でオープンスペースの方は無料。2018年3月11日までの開催で、坂本龍一やダムタイプのファンなら必見だ。
設置音楽の実態
昨年のワタリウムでの展示は見逃したのでよくわからない。新作asyncの音源を使ったインスタレーションだったようだ。ICCで2007年にも展示された共作のLIFEも見なかった。2002年にダムタイプのVoyagesをこの部屋で見て、床面に投影されるプロジェクターに痺れた記憶はある。
今回の展示は企画展用の大部屋に10個くらいの大型スピーカーが吊られたシンプルな構成だった。奥にライトアップされたピアノがあり、ロボットのアームが鍵盤を押すようになっている。
ときどき人がいないのに勝手にピアノが鳴る、お化け屋敷みたいな感じだった。BGMも「ピョー、ヒョロヒョロヒョロ…」と不安にさせるような音である。平日でも結構来館者がいて、暗闇に座って聴いていたりするので、リアルに驚かされる。
地震と関係あるらしい
70分のループで、ドローンな環境音が周囲のスピーカーから連続再生される。ときどき思い出したようにピアノが単音ずつ奏でるが、メロディーや法則性は読めない。後から調べると「世界各地の地震データと連動している」そうなので、何らかリアルタイムに計算しているのだろう。しかし会場にアルゴリズムや数式の説明は一切ない。
各スピーカーからの再生や音量は変化するので、会場内の立つ位置によって若干聴こえ方が異なる。指向性のスピーカーというわけではないので、音場が極端に変わるわけではない。
ピアノから離れた位置に斜めにブラウンの古いラジオが置かれている。1960年代のRT-20Cというモデルでディーター・ラムスのデザインとして有名な作品。これも電源につながっていて、スピーカーの一部として使われている。オブジェとしてはカッコいいが、こちらはピアノのような震災関連のエピソードはなさそうだ。
名取の被災ピアノ
展示されているピアノはasyncの演奏にも使われた、宮城県農業高校のもの。東日本大震災の津波で被災してほぼ壊れている。
名取市の沿岸部、閖上地区は津波で甚大な被害を受けて地域の一つだ。震災後に何度か訪れたが、今は盛土で町の形が変わってしまい、人が住んでいて痕跡はほとんどない。避難場所になった小学校・中学校も解体された。
当時の写真や生存者の証言で記録を残そうという運動はあるが、ピアノを作品の一部として再活用するのは坂本龍一ならではのセンスだろう。
会場に震災に関する説明はなく、ピアノの由来を知らなくても純粋に音楽のパフォーマンスとして鑑賞できる。ウェブサイトの作品説明からしても、特に災害や復興というテーマはない。「楽器がモノに帰る、音楽の死」という興味で取り上げられている。
COMICAっぽいノイズ音
高谷史郎の映像は、スピーカー上の方形のモニターに白黒の砂嵐的なパターンが明滅しているシンプルな内容。一部、ハエが飛ぶようにドットの規則的な動きが見られるので、何かしら地震波と連動している要素があるのだろう。会場のクレジットにはプログラマーとして平川紀道、エンジニアや地震の研究者、ヤマハの協賛も記載されていた。
音楽的にはasyncの収録曲でいうと2曲目の”disintegration”が近い。
しかしピアノの音はまばらで、むしろ背景で鳴っている環境音の方が目立つ。スピーカーの構成はやばそうだが、耳障りなパルス音はなくMaurizio Bianchi(M.B.)のようにマイルドなノイズ。
坂本龍一のアルバムでいうと、COMICAのラスト3曲を彷彿させる音だ。同じアンビエント系の大御所、ブライアン・イーノならNeroliくらいまで振り切った感じ。COMICAの前半Dawn~Sunsetまでは寝る前のヨガタイムによくかけているが、後半は家で聴くには厳しい。こういうインスタレーションと映像には合うタイプの音だ。
あらためて聴くとCOMICAのジャケットは謎だが、ハロルド・バッドのように控えめなピアノが冴えている。アンビエントの隠れた名作だと思った。
設置音楽コンテスト入賞作品
受付がある4階のシアターで、設置音楽コンテストの受賞作品が上映されていた。短編映画コンペティションの方かと思ったのだが、音楽だけのコンペの方で、マルチチャンネルで9作品が連続再生されている。
全部聴くと45分かかるが、時間的に佳作の6作品だけ体験するチャンスがあった。いずれもasyncのような耳に心地よい環境音で、薄暗いシアターは絶好の昼寝タイムになっていた。NTT関連の視察か業界の人か、なぜかスーツ姿のお客さんが多い。シアターは無料で入れるので、本当に昼寝しに来ている近所のサラリーマンかもしれない。
無料のオープンスペース
ICCの展示としては、無料で観られるオープンスペースの方が規模が大きい。ロボットアームでAIが絵を描くとか、ネット上のテキストを収集・分析して3次元空間に可視化した映像とか、いかにもメディアアートっぽい作品が並ぶ。ICCの年間常設展なので、各作品のクオリティーは高い。
ユェン・グァンミンやオーラ・サッツのシンプルな映像作品も、ノイズ的なBGMと編集がかっこよくて、ついつい最後まで見てしまう傑作だ。慶応大SFCの建築の展示は、どこまで厳密にやっているのかわからないがアルゴリズム的な設計・評価方法がプレゼンされていた。
トークイベントの模様を再現したコーナーは、登壇者を模したスピーカーが発話するとランプ明滅してエヴァのゼーレ会議っぽい。SOUND ONLYなモノリスに囲まれるアレだ。
グラフィックレコーディングされたイラストが楽しげに展示されているが、そもそも内容が難しすぎて理解できない。季刊InterCommunicationは2008年に休刊してしまったが、アート・情報・社会学 etc.とクロスボーダーな議論は当時新鮮だった。若手の研究者やデザイナーに受け継がれて、コミュニケーションは脈々と続いているようだ。
メディアアートの総本山ICC
ICCはオペラシティの4~5階と奥まったところにあって、場所がいまいちわかりにくい。オペラシティ自体にもアートギャラリーがあるので、さらにまぎらわしい。名前の通り、一般にはコンサートホールとして認知されている複合施設だろう。
ICCはドイツのZKMやリンツのArs Electronicaなど、メディアアートの分野では世界屈指のコレクションと人的ネットワークを持つ施設だと思う。岐阜のIAMASや山口のYCAMも尖っているが、やはり歴史的には都心のICCがアーティストの登竜門、業界の総本山的な役割を担っている。
メディアアートというと、難解でカッコよさげな作品か、体験型のおもしろ作品の2つに分かれるよう。デジタルな現代アートと思えば間口は広いので、入館料も安くて東京観光におすすめのスポットともいえる。最寄りは初台駅だが、新宿駅から地下道を経由して歩いていけないこともない。