久々に感動する広告を見た気がする。ガストのクリスマスCMだ。
クリスマスは年に一回の大切な日。彼女のためにも、ガストで過ごしてとは言いません。
このキャッチコピーだけでノックアウト。ほかにも続きや動画はあるのだが、もうこれだけでお腹いっぱい。業界最大手のファミレスなのに、開き直り感が半端ない。
そろそろクリスマスも終わります。
どんなクリスマスでしたか?明日からまた少しの間「日常」が戻ってきますね。
またいつものガストでお待ちしています。 pic.twitter.com/jSBvQACYPP— ガスト【公式】 (@gusto_official) 2018年12月25日
正直CMを見て、すぐに「ガストに行ってみたくなる」という内容ではなかった。しかし普段使いの安食堂として、「どうでもいいときのメシは、ガストでいっか」と刷り込むことに成功している。
なぜガストがここまで吹っ切れるのか?
このすがすがしいまでの潔さには、「計算された誠実さ」とでもいうべき巧妙なトリックが仕掛けられている。9月からの倍バーグ、マックスグリルと続いたデカ盛りキャンペーンは、すべてこのCMのための伏線にすぎなかった。
確信犯的セルフ・ディスリスペクト・エンジンとでもいえる広告戦略。丸一年ガストに通い続けた「すかいらーく」優待愛好家が、運営会社のポートフォリオをもとにそのからくりを説明しよう。
今年のガストはキャンペーンが異常
今年のガストは、しょっぱなからやけにハイテンションだった。別のブログで株主優待ランチのレビューもやっているのだが、期せずしてほとんどガストのネタになってしまった。
紙やアプリのクーポンを矢継ぎ早に出してくるのは、まあ普通のプロモーションだ。たいした値引きにならないが、それでも常連としては未開拓のメニューを試してみるきっかけになる。
10種のチーズに変わってリニューアルした、チーズINハンバーグの「今だけ399円!」も断続的に開催。そして7月からはレジでスロットを回すと、20組に1組が無料になる、「ごちガスト」キャンペーンもスタートした。
このあたりから「ガストの張り切り方が普通でない」と勘づいたが、異変が起きたのは9月だった。
異例の3社合同定期券
吉野家とすかいらーくが提携した「3社合同定期券」…もとは、はなまるうどんで行われていた天ぷら定期券。これに同系列の吉野家が加わり、その次はなんと他社・他業種のガストが参加することになった。
航空会社のアライアンスのように、垣根をまたいで相互送客を目指す試みは、外食業界として画期的。しかもガストが吉野家より20円高く割引額が設定していたため、新規参入のめずらしさもあって、ついつい通いまくってしまった。
9月に入っても「ごちガスト」のくじ引きは継続中。このダブルチャンスで十分魅力的なところ、定期券利用開始から間もない9月10日に「倍バーグ」という3発目のキャンペーンがスタートした。アプリを見せるとプラス100円でハンバーグが倍になるという、格安増量サービスだ。
- 定期券100円引き
- プラス100円でハンバーグ2倍
- 1/20の確率でお会計無料
これに株主優待でお支払いして、Tポイントまで付けたりするものだから、レジでの作業が忙しくて仕方なかった。
倍バーグからマックスグリルへ
いったん終わったと見せかけて、11月に復活した倍バーグ。そして12月にはさらに上を行くマックスグリル(ミックスグリルの全肉2倍)というデカ盛りメニューまで繰り出してきた。
ハンバーグ2倍はまあ普通の人でも楽しめるメニューだが、さすがに2,000kcal近くのマックスグリルはやりすぎだ。世にデカ盛り・メガ盛りという文化はあるが、老若男女が集う庶民的なファミレスで、間違って頼んだら死人すら出しかねない。
マックスグリルは期間限定、アプリ会員のみという制約だったが、今後のガストの行く末を占う、興味深い実験だったと思う。個人的にはぜひ、フォンデュチーズソースのように定番化してほしいメニューだ。
真のターゲットはクリぼっち
次はトリプルかクアトロか…とワクワクしていたところ、クリスマス前に出てきたのが上記の広告。おもしろ割引、大盛りキャンペーンでさんざん煽ってきて、年末にそっと差し出されたのが、巧妙に引き算された知的なCMだった。
実のところ、この動画でガストの店内シーンはラストの1カットしか登場しない。あとはどこかの高級レストランで、ひたすら値段が上がって「ギブアップ」というコメディーになっている。
秋ごろから過激なキャンペーンで期待を高め、年末は逆にミニマムなメッセージを伝える。このギャップによるインパクトは、相当前から計算されていたのだろう。
そしてさらにすごいのが、
「クリスマスに彼女がいないひとりぼっちは、ガストにでも来なよ」
という裏のメッセージまで込めている点だ。
クリスマスにディナーを予約するようなカップルは、そもそもガストなど眼中にない。この広告の真のターゲットは、クリぼっちでなおかつ懐寂しい男性陣なのだ。
すかいらーくの逆張り戦略
なぜガストがここまで捨て身の戦略を取れるのだろう。店舗数では依然としてサイゼリヤをしのぐ全国ナンバーワン。普通に「うまい、安い、早い」とでもうたっていれば、無難に集客できそうに思う。
なりふり構わぬ今年のガストを見ていると、どうやらこれはすかいらーくが意図的にガストのブランドイメージを貶めているのではないかと思う。多様な業態ポートフォリオを持つ、大手すかいらーくならではの逆張り戦略なのだ。
あえてガストを地に落とす理由
すかいらーくのブランドには、藍屋や魚屋路といった「ちょっと高級な」和食ファミレス・回転寿司も存在する。藍屋の蟹とかフグだったら、別にクリスマスに彼女を誘ってもいいんじゃないかと思うレベルだ。
ところが洋食系のファミレスで、ガストとジョナサンはにわかに業態がかぶっている。実際通って比べてみると、ジョナサンは店員がお水を持ってきてくれるとか、同じメニューでも100円くらい高いという特徴がある。和民と坐和民の違いくらいだ。
しかし、和洋中華を広くカバーした料理のバリエーションは、ガストもジョナサンも似たようなイメージ。バーミヤンや夢庵ほどエッジが立っていない。競合のココスやデニーズとも、違いがはっきりしない。
そこでガストを「安さだけが売り」の、何なら「牛丼太郎」くらいの最下級店とアピールしてみる。デカ盛りキャンペーンを続けたうえで、年末に自虐的コピーでみずからとどめを刺した感じだ。
ガストを「ゲテモノ」と心理的にアンカリングすることにより、相対的にジョナサンやほかのブランドの価値が上がる。そして似たようなサイゼリヤやジョイフルが、「ちょっと安い」だけで特徴のない、中途半端なファミレスに見えてくる。
ガストに関する一連のキャンペーンは、運営元のすかいらーくが仕掛けたブランド差別化プロモーションだったのだ。ほかにも高級和食店など多様なブランドを擁する、すかいらーくだからこそ打ち出すことができた、まさに「強者の戦略」なのである。
ハンバーグに洗脳された株主
奇しくもクリスマス前後は日経平均が暴落して、すかいらーくの株価も著しく値を下げた。12/26の優待権利確定以降はさらに値下がりするのが見え見えだったが、来年もガストのキャンペーンが楽しみで、つい年末の損切りもせずホールドしてしまった。
今さらながら、12月中盤までは異様に高騰していたので、株式を半分くらい売却して利益確定するのもありだったと思う。しかし、すかいらーく1,000株の異様に高い優待利回りに餌付けされて、合理的に判断ができなくなってしまったようだ。
もはや倍バーグ、ミックスグリルと低級な肉を食べ過ぎたおかげで、新手の狂牛病にかかってしまった気分。スポンジ化した脳では、年明けの新企画を想像して、よだれを垂らすくらいしか頭が働かない。
来年のキャンペーンを予測
ここまでさらけ出したのだから、次は「ほかのお客さんが残した残飯、無料でサービス」とかやってくれるのではないかと期待している。または人手不足解消のため「皿洗いしてくれれば無料」とか。
株主としては、あの広告がヒットしてガストが新手のデートスポットにでもなってくれればうれしい。しかしユーザーとしては、人気が出すぎて混まない方がありがたい。
ガストは好きだが流行ってほしくない。すでにメジャー級なのに、好きなバンドがこれ以上売れてほしくないと願う、ひねくれたファンのような気持ちだ。