すべての日本人男性におすすめする、手堅い時計セイコー・ドルチェ。現行ラインでもっともシンプルなSACM171に続いて、90年代のアンティークを一本紹介しよう。同じく年差精度のクオーツだが、ケース素材が18金ホワイトゴールドという、希少価値のあるモデルだ。
また、セイコーの製品ラインナップの中で、ドルチェの占める位置を車にたとえて表現してみたい。付加価値のある工業製品の中で、このランクのプロダクトが持つコスパの高さとポテンシャルはあなどれない。
90年代のオールド・ドルチェ
ドルチェはすべてクオーツ製だが、長く続いているラインなのでバリエーションが無数に存在する。SEIKOとDOLCEの上下位置が逆転しているのもあって、一時はクレドールのようにブランドを分離しかけたのかもしれない。
オールド・ドルチェの中でも特におすすめなのは、1990年代初頭に販売されていたSACG076というモデルだ。
キャリバーは8N40Aで年差20秒。裏ぶたにはたいてい8N40-6080と記載されている。例外的にケース素材が18KWGなため、当時のカタログ定価で11万もする。
Cal.6810Aもそうだったが、セイコーのキャリバーNo.で機種呼称にAが付くのはなぜだろう。上記スペック表の「32K」とは、カラットでなく振動数(ヘルツ)だ。念のため。
SACM171に比べて小ぶりのSEIKOロゴ。その下に筆記体の優雅なDolceロゴ。棒状インデックスも短めで、丸みを帯びたケースがIWCのポートフィノっぽい。ラグもロウ付けでシンプルだ。
そして表向きは2針のため、動いているのか止まっているのか区別がつかない。そこは逆に、「クオーツなのに機械式に見える」というおいしいポイントであったりする。さすがにケースが貴金属だと、中古品の相場もそこそこ上がる。それも「ドルチェなのにあえて18金」という語れるネタだ。
トータルバランスでいえば、現行のSACM171よりSACG076が好みだ。残念ながらオークションでの流通量は、きわめて少ない。そして古いわりに相場は高止まりしている。
リューズに宝石入り
ドルチェとクレドールのドレスラインに共通する気になる点としては、リューズに黒いオニキスが埋め込まれている点だ。詳細は中古で買ったクレドールのレビューで紹介しようと思う。
これは純粋な装飾パーツで、特に「部品の摩耗を抑える」とか機能的な意味もなさそうだ。ささいな点だが、実はこれが今回ドルチェを買わなかった決め手だったりした。総合的に見ておすすめとはいいつつも、細かく見れば気に入らない部分も出てくるものだ。
プレゼントにもおすすめ
特に時計にこだわりのない若い人なら、ドルチェは進学祝いや卒業祝いのプレゼントにも使えるシリーズだ。シンプルすぎて味気ないかもしれないが、そのまま持っていれば40歳を過ぎたくらいから良さがわかってくる。
自分の身を振り返ってみると、20代の頃はそもそも国内メーカーの時計に興味を持たなかった。カシオのG-SHOCKやデータバンクのレア型をありがたがるのは、せいぜい10代まで許されるミーハー趣味といえる。
20代でグランドセイコーのカタログくらいは目を通した記憶があるが、それ以下のドルチェやスピリットは眼中になかった。クレドールは存在することすら知らなかった。
もし18歳の頃にドルチェをプレゼントされても、持て余して困ったと思う。その後20年くらい経ってからようやく、味わい深さに気づくことになっただろう。
セイコー製品をトヨタ車にたとえると
セイコーの時計ブランドをトヨタ自動車のラインナップにたとえると、ドルチェは「よく走るマークX」だ。ケースが金素材のモデルは、さながらレーシング仕様のGR SPORTS。
同じセダンタイプでも、カローラ(1~2万円台のSEIKO SELECTION)より排気量が大きく高級感もあり、所有欲を満たせる。一方でプリウスのようなハイブリッド(スプリングドライブ)といった特殊機能はなく、スポーツタイプの86(68系機械式)のように趣味性も高くない。
さらに上にはクラウン(グランドセイコー)という車種があるが、性能はそこまで変わらない。センチュリー(ガランテ)という奇抜な高級ラインは使う人を選ぶ。
実はレクサス(クレドール)という別ブランドも存在するが、セイコーの場合はそこまで認知されていない。時計好きにはうけるが、世間一般で値段に見合う評価を受けられるか疑わしい。
全体的なバランス、コストパフォーマンスとしては、ミドルレンジのマークX(ドルチェ)が最適。嫌みもなくドライバーの年齢も問わない。
平凡で「おもしろみに欠ける」が、時計や車は使えればいい、そもそも生活必需品として「おもしろさなど求めていない」という実直な人にはぴったりだ。
面接で着けるべき時計
同様に国産万年筆のラインナップでいうと、ドルチェはカスタムヘイテイジやレグノのようなイメージ。1万円以下で買えるお値打ち金ペン、そして実用性は必要十分という共通点がある。
前回の記事で、個人的な時計ブランドのランク付けを説明してみた。ドルチェはそもそも機械式でなく、雲下ブランドいえる位置づけだろう。
しかし会社の採用面接で候補者がドルチェを着けてきたら、間違いなく高印象だ。それは製品自体の価値ではなく、その人のコミュニケーション能力の高さを証明している。
「こういう会社の面接試験で、この製品を着けてきたら、どういう印象を持たれるか」という状況を、適切にとらえて対処している。採点官の趣味までお見通しという印象だ。
初対面の取引先、デート、両親へのあいさつ…あらたまった場面で、とにかく無難に使えるのがドルチェの魅力。高すぎず安すぎず、最大多数の好印象を獲得できる。
最後に買うのはドルチェ
多分ドルチェを買ったら、満足しすぎて時計の探求が終わってしまう気がする。雲上ブランドとは別の意味で、人生の最後に着けるべき究極の時計だと思う。
今回は経験を積む目的で、手巻きの機械式時計を選んでみた。この次か、さらにその次くらいに、ようやくドルチェを買うと思う。そして買物に満足したら、メフィストフェレスにあの世へ連れていかれるのだ。「時よ止まれ」ということで。