時計好きの知り合いができたのをきっかけに、久々に時計を買おうかと思って調べ始めている。中古のセイコーはオークション市場に多く出回っているが、モデルが多すぎて型番や外見から製品を特定するのが一苦労である。
歴代のセイコー製品をじっくり観察できる
調べているうち、東京都内にセイコーのミュージアムがあることを知り、予約して訪れてみた。機械式時計の仕組みから、創立から現在にいたるまでの代表的な製品を鑑賞できる。人目を気にせず、歴史上のアンティーク時計を飽きるまで眺められるのがたまらなくうれしい。
一般的な時計の学習はもとより、セイコーのアンティーク時計を調べているなら、ぜひ一度訪れておきたい施設だ。百聞は一見にしかず。運よく探しているモデルが展示されていたら、オークションサイトの画像を眺めているより実物を見た方がずっと早い。
いくつか目星を付けたモデルがミュージアムに出ていればうれしかったが、さすがに展示品は代表的な製品に限られていた。それでも今めったに中古市場に出ないレアモデルの存在を知ることができたのは、思わぬ収穫だったといえる。
平日はがらがらで予約不要
セイコーミュージアムの最寄り駅は東向島だが、成田空港からの出張帰りに京成曳舟から歩いてみた。帰りは隅田川を渡った南千住駅からJRに乗ったので、どの駅からでも歩いて行ける距離にある。
SEIKOロゴとGSの大きな写真が目立つので場所はすぐわかる。1~2階が展示室とミュージアムショップ、3階が事務室と図書閲覧室になっているコンパクトな建物だ。
名古屋にあるトヨタ産業技術記念館も似たような産業系ミュージアムだが、あちらは紡績機と車コーナーに分かれていて、じっくり見るとそれぞれ1日がかりになる。それに比べるとセイコーの資料館は、2時間あれば余裕で回れるくらい適度な規模なのがいい。
ウェブサイトのフォームから平日の午前中に予約を入れたが、ほかのお客さんはまばらで聞けば飛び入りでも入館OKだったらしい。ただし映像コンテンツや音声ガイドを見られるiPadは、予約者だけの特典という話だ。館内の写真撮影もOK。
たまたま同じタイミングで取材が入っていたのか、館長らしき人がていねいにガイドして回っていたので、隣で聞いていて勉強になった。お目当てのアンティーク時計以外の展示は素通りするつもりだったが、思わず解説に引き込まれてしまった。
大型機械式時計は中身がわかりやすい
1階の最初のコーナーでは、世界最古といわれるレベルの大型機械式時計が展示されている。自分が物心ついたときにはクォーツが主流だったので、機械式の時計が存在することは大人になってから知ったくらいだ。
そうしたクォーツネイティブの世代にとって、時計というのはブラックボックスの電子回路に思われる。「電池なしで動く」という機械式の方が、逆にどことなく不気味だ。
シースルーバックで見る腕時計のムーブメントは小さすぎてチンプンカンプンだが、古代の大型時計は機構がわかりやすい。重りを動力にして歯車を回転させ、棒状のテンプと脱進機が回転速度を制御している様子を確認できる。
クリスチャン・ホイヘンスによって開発された振り子式で精度が向上し、さらにひげゼンマイを利用したテンプで小型化に成功する。現在の機械式時計も、基本構造は17世紀から変わっていないようだ。骨董品のからくり押し打ち懐中時計は、iPad内のアプリで動作状況のムービーを鑑賞できた。
ブローバの音叉時計がある
1階の歴史コーナーで見逃せないのは、ブローバのアキュトロンだ。1960年に開発されたがクォーツに負けて製造中止されてしまった幻の音叉時計。
2010年に50周年を記念して復刻されたスペースビュー・アルファは限定1,000本、39万円という希少品だが、オリジナルのアンティークもそこそこ手の届く価格で出回っている。よくわからないが、クォーツのスイープ運針で音叉時計の針の動きを表現したレプリカ?もアマゾンで売られていた。
コイルや電子部品の内部機構をスケルトンでさらけ出した文字盤は、まるでキカイダーのようだ。60年代のレトロなSF風デザインは時代がかって見えるが、ケースや針をシンプルにリメイクしたら今でも使えそうに思う。
AIスピーカーの元祖?ピラミッドトーク
階段で2階に上がると、創業者服部金太郎の生い立ちからセイコーの社歴が説明される。和時計のコーナーを経て置時計のコーナーが続き、数百万もする現行の機械式宝飾置時計を鑑賞できる。
70年代くらいのクォーツ式目覚まし時計になると、昔実家にあったような懐かしい感じがする。ピラミッドトークのシリーズは、実際に手を触れて音を出せるのが楽しい。時刻を知るという目的からすると、盲人以外には用途不明だが、最近出てきたAIスピーカーの元祖ともいえる。
マジックレバーの模型がおもしろい
そこから先の懐中時計から、いよいよ腕時計のコーナーが始まる。最初期のローレルは、小型化した懐中時計にそのままベルトをくっつけたような外観をしている。どれも白い文字盤にシンプルなアラビア数字インデックスで、今でも通用しそうな普遍的デザインに思われる。
戦後のマーベルからスポーツマチックへと、機械式のまま急激に機能が向上し、スイス天文台コンクールの受賞作品も鑑賞できる。今ではセイコーといえばクォーツ時計の方が有名だが、1968年の時点で機械式としても世界トップクラスの精度を達成している。
機械式時計の一角にマジックレバーの模型があり、ローターをどちらに回しても歯車が回転する様子を見られる。IWCのペラトン式と並び、自動巻きの効率を改善する仕組みだが、マジックレバーの方が驚くほどシンプルな機構で両方向巻きを実現しているように思う。
クォーツの技術はわずか10年で頂点に達する
1969年の世界初クォーツ腕時計アストロンから始まって、70年代にはすでにケース厚2.5ミリという曲薄製品の開発に成功している。展示品の中では1974年のシャリオが逸品で、ロゴを差し替えれば最近はやりのダニエル・ウェリントンとうり二つだ。
当時の価格は5万円と高級機だが、オークションで安価に手に入る70年代シャリオは魅力的だ。薄型の手巻きとクォーツが混在しているのでまぎらわしいが、デザイン性という観点では頂点に達したモデルだと思う。
クォーツの精度という面では、1978年のスーペリアツインクォーツで温度補正が搭載され、年差±5秒という驚異的なレベルを実現している。当時23万なので超高級品だが、現在の年差クォーツはGSもクレドールもドルチェ&エクセリーヌも±10秒と書かれているので、精度的には退化しているということだろうか。
クォーツで復刻されたゴールドフェザー
シャリオのスティーブ・ジョブズモデルに続いて、ゴールドフェザーの復刻版も発売されていた。先日近所の時計屋で見たのだが、デザイン的には単色の文字盤にシンプルなバーインデックス、ベゼルの狭い薄型ケースで雰囲気をよく表せている。
名前が「ゴールド」なので金色ばかりだったが、これでシルバー色ならかなり好みのタイプだ。ケースの直径が男性用38mm、女性用30mmなので、手首の細い自分は女性用を選ぶと思う。2017年のクリスマス限定モデルは、控えめなアラビア数字にシルバーのケースがGoodだが、リューズだけゴールドなのがいただけない。
一見、ダニエルウェリントンのパクリに見えるが、本来はこちらがオリジナルなはずである。ムーブメントもセイコー製で品質は上に見えるが、一般的なイメージからすると、巧みに宣伝されているダニエルのパクリと思われそうだ。残念すぎるSEIKO…
「ゴールドフェザー」と聞いて、60年代の手巻き時計を思い浮かべる人は時計好きのおっさんだけだろう。安いクォーツならチープカシオで十分だし、時計に2万円以上かけるなら海外製の押しが強いブランドを選びたい。今どきの若い世代に、セイコーやシチズンというは時代遅れの中途半端なブランドに見えるのではなかろうか。
ジョブズの復刻シャリオはまだ在庫あり
復刻シャリオも1,982本や300本限定といいつつ、まだネットの通販に在庫がたくさん並んでいる。シャリオのクォーツは80年代のオリジナルもわりと安くオークションに出ているので、せっかくなら復刻されなかった旧モデルを探してみるのも楽しいだろう。
この時期のシャリオは、手巻きもクォーツのモデルもシンプルでかっこよく見える。30年くらい経って、流行が一回りしてきたということだろうか。自分の中では90年代に見たIWCのPortofinoが今でも理想形で、バーインデックスのシャリオやゴールドフェザーはどことなく懐かしい。時代が変わってもまた戻ってくる、腕時計の普遍的デザインというのは存在すると思う。
謎の100万円高級クォーツ
クォーツモデルの中で最もユニークだったのは、1989年発売の「クォーツ20周年記念モデル」だ。極薄の2針で18金ケースなのはいいとして、100万円という価格は異常だ。クレドールのように彫金が施されたり宝飾的な要素はなく、なぜか精度も月差±15秒とドルチェにも劣っている。
後で調べたところ、時刻合わせの機能がリューズを押したら自動回転するという、独自方式らしい。針を逆回しできないなら逆に不便ではないかと思うが、実物を動かしてみないと何とも言えない。
キャリバー9A85-6A00で、ホワイトゴールドの型番SCQX004も存在している。たまに数10万で中古市場に出回るコレクター向けアンティーク。ケースが貴金属とはいえ、何十万円もする月差クォーツというのも酔狂でおもしろい。
SEIKOロゴにバーインデックスで見た目は極めてシンプル。説明がなければ、チープカシオと大差ない価格に見える。着けこなしが難しい上級者向けのアイテムだ。
クレドールは68系スケルトンが拝める
クレドールは展示が少なく残念だったが、250万するノードのスケルトンを拝める。90年代に再興した極薄手巻きの68系キャリバーは、表からスケルトンで見てもやはり美しい。実は今回セイコーミュージアムを訪れたのは、購入検討しているCal.6810の下見も兼ねていた。
クォーツの極薄はシチズンに水をあけられたので、セイコーには機械式ムーブメントの開発をがんばってもらいたい。もはや技術の伝承自体が危うく、改良どころではないのかもしれないが。
ザラツ研磨の違いがわからない
最後のグランドセイコーは、地道に改良されてきたゼンマイや脱進機のパーツがていねいに展示されている。売りのひとつであるケースのザラツ研磨だが、備え付けのルーペで拡大してもまったく違いがわからなかった。
顕微鏡レベルで見れば平滑さの差が出るのかもしれないが、もはや人間の目にはわからないレベルで勝負している。音楽でいうと、人間の可聴域以外をカットしたMP3で十分な自分としては、ザラツ研磨は余計な加工に思われる。むしろ艶消しマットなヘアライン加工や、サテン仕上げのケースを増やしてもらった方がおもしろい。
スプリングドライブは必要?
スプリングドライブの仕組みも動画を見てよくわかったが、どうも性能がよい電気自動車が普及した後に、ガソリンを使ったハイブリッド車をつくっているような違和感を覚える。技術的に、開発する必然性が薄いという感じだろうか。
どうせ電池を入れるならクォーツで十分だし、ゼンマイを必要とする理由がトルクの強化なら、「針を太くしたい」という見た目だけの問題だ。個人的にはGSのドルフィン針は大仰で、細い針の方が落ち着いて見える。
ハイブリッド化しても精度が結局月差レベルなら、年差クォーツの方がましに見える。何だかスマホの新製品を発表するために、余計なおまけ機能を付け足したかのようで邪道に思う。ただ時計という製品がすでに趣味の嗜好品になってしまったので、こういうガラパゴス的な独自進化も、有意義な差別化といえるのかもしれない。
3階の図書室に過去のカタログあり
いちおう上がってみた3階の図書閲覧コーナーは、応接室のようなそっけないインテリアだ。ブックラックに最近の時計雑誌が並んでいて、バックナンバーを見ているとあっという間に時間が経ってしまう。
特にセイコー製品に絞ったわけでもなさそうだが、検索すると過去の製品カタログが収蔵されているらしい。時間があれば、手に入れた中古品のスペックをカタログで確認したいところだ。
1階に戻ると、オリンピック関連の計器コーナーを経てミュージアムショップへ。セイコーの現行製品だけでなく、展示されていた名作時計のポストカードなども販売されている。大阪マラソン記念の黄色いミニタイマークロックが売られているので、お土産によさそうだ。
無料で学べる良心的なミュージアム
ミュージアムを出るとあっという間に3時間は経っていた。どちらかというと子供も楽しめる施設かと思っていたが、セイコーの企業宣伝も含めたアンティーク時計の資料館という印象だった。グランドセイコーのブラント価値を高める広報施設としても、うまく機能している。
機械式時計に興味を持ち始めて、ブランドや外観だけでなくキャリバーも気になるようになってきたくらいの人には、ちょうどいいレベルの展示だと思う。もしグランドセイコーを買おうと思っているなら、ここでセイコーの歴史を学んでおくとますます愛着がわきそうだ。
雑誌を見ていると海外製品にばかり目が向くが、日本が世界に誇るマニュファクチュールとして、セイコーも捨てたものではない。クォーツが全盛を迎える前に、機械式時計をさかんに輸出したり、当時世界最高の精度を誇ったという点は勉強になった。
特に予約なしでも無料で入館できたので、暇ができたらまた3階の資料を閲覧しに訪れてみたい。