独立行政法人都市再生機構(UR・旧公団住宅)が手がける老朽化団地の再生実験、多摩平(たまだいら)。
団地の各棟をシェアハウス、賃貸住宅、サービス付き高齢者住宅(サ高住)に改修したユニークな取り組みとして建築・不動産業界では知られている。
集合住宅の未来が感じられるのではないかと期待して、近くに寄ったついでに外から見学してみた。
多摩平団地の概要
URの多摩平団地の最寄り駅はJR中央線の豊田駅(とよだえき)。
名前がまぎらわしいが、愛知県の豊田市ではなく東京都の日野市にある地名だ。立川と八王子の間にある地味な住宅街で、わざわざ買い物や観光で行くようなところではない。
広大な団地のうち5棟が、実験的に3種類の用途の賃貸住宅にリノベーションされている。再開発の状況についてはURの「ルネッサンス計画」という資料で詳しく説明されている。
また東京R不動産が出している『団地に住もう!』という本でも、改修後の生活の様子が紹介されている。
ゆりかごから墓場まで団地暮らし
2019年4月には、敷地の北側に新しい特別養護老人ホーム(特養)がオープンした。
現在の多摩平実験区画には、以下の4種類の集合住宅が共存している。いずれも民間の事業者がURから借り受けて運営を行っている。
- 大学の学生寮/シェアハウス(2棟)
- ファミリー向け賃貸(1棟)
- サービス付き高齢者向け住宅(2棟)
- 特別養護老人ホーム(新築)
豊田駅までは徒歩8分。ここから都心への通勤するのも不可能ではない。
駅との間には大型のイオンモール、団地の敷地に保育園、小学校や中学校も近隣にあり、日常生活には不便がなさそうだ。
歳をとるにつれて若者向けシェアハウスから家族向け賃貸、老後はサ高住、特養へと移れば、多摩平団地の中だけで一生を終えられる超コンパクトシティといえる。
シェアハウス「りえんと多摩平」
多摩平団地について興味を持ったきっかけは、一級建築士の学科試験だった。
計画分野の事例問題として平成26年にシェアハウスの「りえんと多摩平」が出題されている。
「りえんと」は平成23年に竣工した物件で、3年後の試験で取り上げられるのは早いケース。それほど業界内で話題性があったということだろう。
運営会社は民間企業だが、公団住宅のリノベーション事例として国家試験にも採用された由緒正しいシェアハウスだ。
シェアハウスに転用された2棟は駅側に面しており通勤・通学には便利。
築年代が古いせいか敷地にゆとりがあり、各棟の間に広いパブリックスペースが設けられている。「りえんと」2棟の間には、ベンチと一体的にデザインされたユニークな駐輪場が配置されていた。
実用性を考えると一か所にまとめて屋根を架けた方が便利だが、芝生や植栽も含めてぜいたくな中庭が実現されている。
交通の便が良い
現在募集が出ている空室は、賃料・共益費込みで5万円台から。角部屋・ベランダ付きなどの条件によって家賃は数千円変わってくる。
賃料プラス1万円で、1階のアトリエ付き居室が選べるのはおもしろい。街路に面したウッドデッキと連続しているので、ギャラリーやショップとしても活用できそうだ。
2棟あるうち北側の244号棟全体、および道路側242号棟の半分は現在、中央大学の国際寮として占有されている。学生が中心とすれば、ハウス住民の年齢構成は10~20代とかなり若い。
このエリアの賃料相場としては、まずまずリーズナブルではないかと思う。
中核都市の八王子に1駅、立川にもわずか2駅でアクセスできるため、たいがいの用事は都心に出ずに済ませられる。
最近、高級マンションが建って人気の高尾駅周辺よりも、交通な利便性は豊田の方が上だ。
賃料はスペック相応
居室は団地の3Kを3分割したかたちなので、間仕切り壁の厚みや遮音性は気になるところ。
昨年から話題になっているレオパレス21の施工不良問題を考えると、屋根裏の界壁の状況など見えない部分も不安になる。
多摩平団地が建てられたのは1960年。スペック上は築59年のヴィンテージ・マンションといえる。
一般的にRC/SRC造マンションの法定耐用年数は47年。しかし鉄筋コンクリートの状態が良ければ、まめにメンテナンスして100年以上持たせられる可能性もある。
そこは事業主体がURなので、ていねいに改修工事されていることだろう。
実際に暮らしてみなければ間取りや設備の使い勝手はわからないが、立地と築年数から考えれば賃料は妥当と思われる。
ファミリー向け賃貸「AURA243」
りえんと多摩平の隣に位置するのは「AURA243」という菜園付きの集合住宅が1棟。
元あった団地住戸の間仕切り壁を取り除いて、広々した1LDKにリノベーションしている。1階の庭付き居室には大型のウッドデッキが付属している。
敷地内の畑が売り
AURA243の特徴は集合住宅に隣接してレンタル菜園が設けられている点。わざわざ遠くに畑を借りなくても、家から歩いて農作業を楽しめるのは便利だ。
畑はそれなりに作物が育って繁盛していた。
訪れたのは平日の日中だったので、共用部の小屋やウッドデッキやでイベントが行われている気配はなかった。
サ高住「ゆいま~る多摩平」
AURA243の次は「ゆいま~る多摩平」というサ高住になっている。
この2棟だけ階段室の外部にエレベーターが増設されている。さらに各階段室をつなぐ廊下も鉄骨で外付けされている。
昔の団地は4~5階建てでもエレベーターがない物件がざらにある。高齢になって足腰が弱ってくると、昇降機の有無はまず気になるところだ。
URでは多摩平より先に、東京都東久留米市の解体予定棟を用いて団地再生の実証実験が行われた。東久留米で検証されたバリアフリー化の技術が、多摩平で実用化されたかたちだ。
施設の食堂は一般開放
「ゆいま~る」の2棟に隣接して、平屋のレストランが設けられている。
こちらの「ゆいま~る食堂」は居住者以外も利用できる。
ただし料金は昼・夜の定食が740円~、コーヒーは300円と決して安くない。近くのイオンモールに行ってフードコートで食べた方がリーズナブルといえる。
サ高住のランチは量が少なめ
後日、多摩平と似たような別のサ高住でランチをいただいてみた。
高齢者向け集合住宅の中には、食堂を外部に開放しているところもある。近くに飲食店が少ないところだと、昼間はシニアだけでなく工事現場の作業員で賑わっていたりする。
定食の栄養バランスは悪くなさそうだが、やはり高齢者向けのカロリー設定なのか量が少ない。
コスパを考えると牛丼屋やファミレスにでも行った方が安上がりだと感じた。
多摩平の立地は恵まれている
多摩平で民間事業者と協力した運用実験がうまくいけば、全国の老朽化団地を再生するモデルケースになるだろう。
もしかすると多摩平は、かつての同潤会アパートのように歴史に残る集合住宅になるかもしれない。
ただし近郊の多摩丘陵にある他の団地に比べて、多摩平は立地に恵まれているように感じた。
多摩丘陵の他の団地は条件が厳しい
ここから東に行けば急坂だらけで駅から遠く、交通の便が悪い団地がいくつもある。
居住者も高齢化して団地内のスーパーもそれほど賑わっているように見えない。事業者が撤退したら一気に買い物難民と化すリスクがある。
立地の不便な団地は車移動を前提として思い切り賃料を下げるか、解体して野山に戻した方が合理的な気もする。
今後は人口が減って空き家も増えるので、全国の団地をくまなくコンバージョンして住戸を供給する必要はないだろう。
多摩平のような条件のいい物件だけメンテして残せばいいと思う。
シェア住戸に湯船がないのは寂しい
実際に現地を訪れてウェブサイトから間取りを調べてみると、ほかの共同住宅に比べて共用部が貧弱に感じた。
シェアハウスの住戸部分に共用のシャワーはあるが、浴室は撤去されている。
サ高住のレストランのように、団地住民が利用できる共同浴場でもあれば便利だと感じた。
イオンモールの下見
周辺の買い物環境を調べてみようと思い、団地と駅の間にあるイオンモールに寄ってみた。
中身は3階建てで、どこにでもある郊外の大型モールという感じ。スーパーとフードコートをはじめ、無印良品やGU、ダイソー、本屋や郵便局まで入っている。
地形に起伏があるせいか、建物のかたちや配置がイレギュラーに設計されている。そのせいか街並みとしては、箱型の殺風景なモールより親しみをもてる。
イオンラウンジが豪華
2014年にオープンした新しい施設とあって、会員用のイオンラウンジもきれいで広かった。窓も付いていて外の景色を眺められる。
イオンの株主かゴールドカードの所有者なら利用できる隠れた休憩施設。どちらのカードも持っているが「もらえるお菓子が2倍になる」など特にメリットはない。
多摩平で暮らすことになったらイオンを100株買ってオーナーズカードを入手すれば、毎日ラウンジを利用できて便利だ。
快適で人気があるせいか、ラウンジは平日でも30分の利用時間制限が設けられていた。
多摩平の生活環境は魅力的
イオンモールが好きかどうかは人によるが、こだわらなければ日常の買物はここで間に合う。電車で八王子や立川に行けるし、少し時間をかければ都心にも出られる。
交通の便と家賃のバランスを考えると、多摩平は住むのに良さそうなエリアに思われた。少なくとも高級化した高尾駅の周辺よりは庶民向けだ。
リーズナブルな集合住宅を供給してくれる、URの団地再生事業には今後も期待したい。