滋賀の名建築ラ コリーナと、たねや『近江商人の哲学』レビュー

昨年、森美術館で開催されていた「建築の日本展」を見て、ラ コリーナに興味を持った。設計者である藤森照信監修の企画展であるが、自作の展示は控えめだったと思う。しかし勾配屋根を全面緑化して、てっぺんから松の木が生えている竣工写真は強烈に印象に残っていた。

「たねや」ってなに?

たまたま滋賀方面に出張したついでに、近江八幡にこの作品があると知り、訪ねてみた。「たねや」という和菓子屋の本社を兼ねた展示施設なのだが、お店の名前すら知らなかった。日本橋の三越など、「デパートでバウムクーヘンを切り売りしているお店」と言われてやっとピンとくる程度。

ラコリーナ限定のお土産

ラコリーナ限定のお土産

現代建築という固定概念を揺らがせるユニークな建築、そしていまや年間300万人が訪れる、滋賀を代表する観光名所と化していることに衝撃を受けた。昨年、花見時期のミホ・ミュージアムも大混雑(主に中国人観光客)で驚いたが、ラコリーナの人気はそれ以上だ。

見学後、たねや社長が書いた『”近江商人の哲学”』という本を読んで、同社の経営スタイルに理解を深めることができた。地方の老舗和菓子店とデザイン思考、そして藤森照信という稀有な才能が合わさって、効果的なブランディング、プロモーションが実現している。

施設内に遊べるところはほとんどないし、飲食コーナーも大行列だ。しかし、商品とパッケージ、店舗デザインと空間設計、そして長いスパンで緑化と開発を両立する持続可能な建築計画など、学べるところが多い。

著作で説明されているとおり、東京や京都では絶対に実現できない独特な表現を見るために、わざわざ遠方から訪れる価値のある施設だ。

近江八幡の古建築と水郷めぐり

JR近江八幡駅からラコリーナまでは、バスに乗って約10分。片道3.5kmという微妙な距離だったが、初めて訪れた街の風景を見てみたかったので、歩いて向かってみた。市の中心街を歩けば45分くらいでたどりつくことができる。

道すがら、何となくおもしろそうな通りを選んで歩いて行ったら、古い町並みに出くわした。駅の北側、新町周辺は重要伝統的建造物保存地域に指定されていて、商人の屋敷跡などが残っているようだ。

さらに近江八幡といえば、メンソレータムで有名なヴォーリズが暮らした町でもある。旧八幡郵便局など、ラコリーナに向かう途中にもヴォーリズが設計した大正時代の建築を見ることができる。

営業期間は4~11月でシーズンオフだったが、水郷めぐりの観光船乗り場も見かけた。干拓事業で埋められる前は、琵琶湖の周辺に多くの内湖があり、水路をたどって行き来できるようになっていたらしい。

近江八幡はヴォーリズ建築と、ヨシの迷路をさまよう水郷都市ともいえる。織田信長が安土城を築いた交通の要衝で、江戸時代は中山道の宿場町として栄えた歴史もある。JR琵琶湖線の駅もあり、京都~大阪へのアクセスが近いという意味でも、地方の中ではめぐまれている立地に思われた。

ジブリっぽい

ラコリーナのゲートをくぐって最初に見えてくるのが横長のメインショップ。広い庭と遊歩道をたどって、期待感を高めながらゆっくりとアプローチさせるこのスケール感が特徴ともいえる。広大な敷地における建築の面積はごくわずかで(現在も拡張工事中)、大半は池や草に覆われている。

屋根は思ったより勾配がきつく、荒く削られた木の柱と、ベージュ~白の塗り壁という要素で統一されている。パッと見の印象は、三鷹にあるジブリ美術館そのものだ。もう少し正確に言うと、イタリア南部のアルベロベッロの歴史的住居がルーツという感じ(愛知県犬山市にあるリトルワールドで、その複製を見ることができる)。

別にジブリが悪いわけではないが、現代建築のここ30年くらいのトレンドでいうと決して主流ではない。むしろ別の地域のヴァナキュラーな要素だけ真似した「○○風」というのは、建築家業界でタブー視されている。ディズニーランドやハウステンボスのようなテーマパークは、パチンコ屋やドン・キホーテの店舗と同類で、際どいデザインなのだ。

ロジャー・ディーンのような庭園

しかし、ラコリーナの建築は特定のアニメやキャラクターをモチーフとしたわけでもなく(著作のよると「バームマン」の企画は出たらしい)、強いて表現すれば「藤森風」としかいいようのないテイストになっている。

素材はきわめて具象的だが、表現としては抽象的というか、あえてヘタウマ素人的なのに洗練されて見えないこともない。この絶妙なバランスは、ちょっとやそっとでは真似できないと思う。

池の中島に巨石を置いて、その上から松が生えているオブジェなど、どこの国の庭園でも見たことがない。個人的にはイエスのジャケットに出てくるロジャー・ディーンの絵を思い出した。宮城の松島をフェリーで観光遊覧すると、こういう奇岩がたくさん出てくる。

 

昔は藤森さんというと本をたくさん書いていて、実作より「建築史家」という印象が強かった。世界中の作品と歴史を調べ尽くしたうえで、「今までどこでも見たことがない」表現を追求しているのだろう。

本物志向というコンセプト

それでもキワモノにならないのは、工法がスタンダートで、使っている素材がホンモノだからだと思う。トイレのドアノブひとつとっても、特注でつくられた工芸品のようだ。

メインショップの天井に貼られている黒い破片は木炭で、反響を抑える消音効果が意図されている。空気清浄効果のありそうな炭や珪藻土というのはベタだが、大々的に散りばめられるとタイルのアートのよう。粉をまぶしたお菓子のように見えなくもない。

建築や家具でふんだんに使われている栗の木(樹種もたねやのお菓子にちなむ)は、長野県境の原生林から選んできたとのことだ。「本物志向」というのは、たねやの高級路線とも一致していて、それが普通のテーマパークと異なる点だと思う。

ここは「○○風の別世界」ではなく、「本物の素材、職人技」を見せる遊園地なのだ。われわれが日常的に、量産された工業製品に囲まれて暮らしているため、こういう無垢の素材や塗り壁に触れることも「非日常体験」になる。

実際に遊べるところは少ない

ラコリーナを訪れたのは土曜の夕方。まだ肌寒い2月だったが、店内は異常な人口密度に達していた。若いカップルだけでなく、家族連れも老人もいろんな人たちがいる。

バームクーヘンやどら焼きの即売コーナーは長蛇の列で、レストランも軒並み満席。外にある団子やホットドッグの屋台ゾーンはすでに品切れなのか、みな閉店していた。

建築的な見どころはいたるところに散りばめられているが、一般の観光客が楽しめるアトラクションというのは皆無。唯一、小さいドアと窓が付いた「小人の家」みたいなオブジェがあって、ここは大人気だった。

ほかにも、あえて軒の高さを下げて入りにくくした建物があったりする。こういう仕掛けはやりすぎると養老天命反転地みたいになりそうなところ、さじ加減がうまい。

そしてとにかく、建築の屋根や壁からニョキニョキ松の枝が生えているのがデザインの特徴といえる。立入禁止の本社建物にも、屋根をくり抜いて飛び出した樹木を象徴的に表現していた。

自主制作のフリーペーパー

施設に置いてあるLa collinaというフリーペーパーは必見だ。あからさまな宣伝要素や商品紹介はまったくないのに、無料なのがおかしいくらいのクオリティーでつくられている。

著作を読むと、普通の広告というのは一切打たず、その代り会社のポリシーを伝える冊子を自前で作っているとのことだ。琵琶湖近辺の写真が美しく、編集や紙質にも気をつかっている。

製造コストは相当かかると思うが、「ファンを増やす」という意味では、これもたねやにとっては合理的なPR方法なのだろう。モンベルやスノーピークといった、顧客ロイヤリティーを重視したアウトドアブランドのやり方に近い。

『近江商人の哲学』

たねや社長が書いた本は施設内で販売されている。大まかには、たねやの歴史、近江商人の研究、ラコリーナのコンセプト、現在の経営方針について語られている。

先代から伝わる猛烈な働きぶりに加えて、著者の山本昌仁社長が信楽高校のデザイン科出身なのが強みだと思った。今の時代は菓子の味や中身だけでなく、パッケージや店舗といった「見せ方」も重要と認識されている。

そして製造・販売をアウトソーシングせず、デパート店も委託販売を避け自社スタッフを派遣。製造の機械化など品質向上にプラスになる合理化は進めるが、販売に関しては徹底して自前で行い、ノウハウや顧客のフィードバックを集めるというポリシーだった。

手間がかかる部分は商品価格に反映されるわけだが、品質を目当てに買ってくれるリピーターが付けば好循環でまわる。この考え方のルーツに、かつて滋賀を拠点に活躍した近江商人の思想があるという。

持続可能性を目指した「世間よし」

近江商人といえば「三方よし」で有名だが、たねやの哲学は「先義後利(目先の利益を追うのでなく、まずは相手が喜ぶことを考える)」と説明されていた。高品質で薄利多売、利益は少なくても長く続けることを目的とする発想だ。江戸時代から十代続いた実績がその有効性を証明している。

著者の分析によると、近江商人の社会還元性向(今の言葉でいえばCSR)は、関東や北海道など知らない土地で商売する上で自然と出てきた発想とのことだった。基本的によそ者なので、地元の人に信用されること、すなわち「世間よし」でなければ商品が売れない。自分の利益を優先すれば、むしろ迫害される危険性すらある。

その土地のコミュニティーに貢献するのは、いたって合理的な経営判断。別に近江商人でなくても、そうするだろうという見解だ。ビジネスの持続可能性を考えると、自然と「三方よし」という考え方に落ち着くという考え方が新鮮だった。

たねやのような高価格・高品質路線とセットで考えるべき経営戦略ではあるが、老舗企業のリブランディングに使えそうなアイデアが満載だ。端的に言うと、「東京の会社の真似をしない(ラコリーナの建設もその一環)」というのが、結果的に差別化につながった成功要因と考えられる。

ラコリーナを見学するなら、たねや社長の本で予習しておくと理解が深まるだろう。100年かかっても、いずれは明治神宮のような森に育てたいという考え方を知れば、これが突飛なテーマパークでないとわかってくる。