長年悩みの種となっている小規模企業共済。数年加入して掛金を積み立てたが、役員退任して受け取った準共済金から、がっぽり税金を持っていかれた。それまでの掛金は所得から控除できたはずだが、結局お得な制度だったのかどうかわからない。
掛金控除の節税メリットと投資の機会損失をはかりにかけ、「一定の年利以上で長期間運用するなら加入しない方がまし」という結論に達した。しばらく様子見するつもりだったが、ふとアイデアを思いついて、再加入することにした。掛金も思い切って満額の月7万。
中小機構が提供する似たような節税ツールとして、小規模企業共済は経営セーフティ共済よりうま味が少ないと考えていた。どちらかというと批判的だった前者の共済制度に、あえて再び加入した理由を説明しよう。投資信託における「ターゲットイヤー型」という商品に発想のヒントを得た。
長期的には共済に入る意味がない
先日の記事で、以下の条件を仮定して小規模企業共済の総合利回り(予定利率+掛金控除)を比較してみた。
- 資産運用の元手1,000万
- 運用期間or 共済加入期間20年
- 小規模企業共済の予定利回り1%
- 月額掛金を資産運用益(分離課税20%)から控除
その結果、「平均年利3.1%以上のパフォーマンスを保てるなら、自力で運用した方が有利」ということがわかった。共済加入の場合は予定利率と掛金控除がダブルで効いてくるが、それでも平均3%強で複利運用にはかなわないという試算。
世界経済の成長率や、バランス型のインデックファンドについて、長期でみた平均年利は5%とも6%ともいわれる。そう考えれば、自力運用で共済に預ける以上の運用効果を発揮するのは、それほど難しくなさそうだ。
手数料の低い投資信託にでも突っ込んで、20年間寝かせておけば、ややこしい節税制度に頼らなくても最大限のリターンを得られる。年利3.6%まで上げられれば、20年の複利運用で2倍になる(税引後なら23年で2倍)。
それではなぜ節税・運用メリットが薄いことを承知で、あえて小規模企業共済に再加入したのか?
ヒトの投資判断は常に間違う
それは自分の投資判断が常に正常とは限らないからだ。
「インデックスファンドで寝かせる」といいつつも、一部は個別株で運用したい欲もある。株主優待目当てだったり、多少はギャンブルを楽しんで脳の老化を防ぎたいという目的もある。少なくとも、たまには他の人と投資の話をしたり、世界経済をウォッチし続けるモチベーションになる。
そして、プロの機関投資家はおろか、趣味レベルのアマチュア個人投資家が市場の平均スコアにかなわないという点は、数々の研究で証明されている。難しい行動経済学を持ち出すまでもなく、人間は上昇相場で脇が甘くなり、下降相場で必要以上に悲観的になる生き物だ。
株投資に100%確実という理論はない。しかし過去数十年を振り返って、もっとも確実に儲けられそうなのはインデックスファンドだ。その理由は、
- 感情で物事を考える人間は、たいてい投資の判断を誤る
- 売買を繰り返すほど証券会社の手数料が発生する(そしてそれは、インデックスファンドの運用手数料よりたいてい高い)
という2点に尽きる。
もし株式市場が完全にランダムで、投資の成功確率が五分五分、1の仮定が当てはまらなかったとしても、2の理由により個別株取引は確実に損を重ねる。その結果、20年くらいの長期で考えると、やはり市場平均に賭ける投資信託のパフォーマンスが上回る。
年齢に応じたポートフォリオ
一方、資産運用の世界では、「年齢に応じてリスク資産の持ち分を決める」という考え方がある。たとえば「100-年齢=株式の割合」という計算式をもちいて、「30歳ならポートフォリオの70%は株で持っても大丈夫」とアドバイスする方法だ。
若いうちは人的資本をもとに働いて稼げる。一方、年金暮らしの老後はほかに収入のチャンネルを持たないので、資産運用で大損したら取り返しがつかない。
金融商品のリスクとリターンは相関関係にあるので、リスク許容度の高い若年層には期待値の大きい株式の購入がおすすめできる。一方、老境にいたっては安全性の高い債券の保有比率を高めるという理屈である。
ターゲットイヤー型の資産運用
この方針にもとづいて、将来目標と定めた年(ターゲットイヤー)に向けて、徐々に安定資産の比率を高めていく「ターゲットイヤー型」と呼ばれる投資信託が存在する。
上記の「年齢に応じたポートフォリオのリバランス」を自動的に行ってくれる仕組みだ。目標年が近づくにつれ、徐々に株式の組み入れ比率が下げられ、代わりに債権の割合が増えていく。
合理的な設計ではあるが、人の手が介入するのでその分、手数料も高くなる。同じ考え方でも、複数のインデックスファンドを持って自前でリバランスした方が費用面では有利だ。
これは、8資産均等型のバランスファンドが、個別資産のファンドを8個組み合わせるより手数料が割高だったりする状況と似ている。あくまで運用会社に丸投げして、ほかのことに頭を使いたいなら、手数料の高い「ターゲットイヤー型」を選ぶ理由になる。
小規模企業共済の中身は9割が債権
そして小規模企業共済が運用している資産の内容は、約8割が国内債券という安定資産。残りの2割は運用機関に委託されているが、さらにその中にも国内外の債権が含まれる。公式サイトの円グラフを見る限り、株式の比率は約1割だろう。
すると共済の「予定利率1%」というのも無理ない設定だ。おそらくこの約束は果たされる。怖いのはどちらかというと、将来それ以上にインフレが進むことだ。
小規模企業共済の実態が9割がた債権だとすると、毎年発生する株式の配当・売却益を掛金として納めていくのは、ターゲットイヤー型の投資戦略だといえる。そして掛金は所得税から控除されるというボーナスもつく。
リターンを減らして安全性を高める
毎年の利益をすべて共済に注ぎ込んでしまえば、元本の「複利運用」というメリットは生かせない。しかしリターンの期待値が減る代わりに、債権=安全資産の比率が徐々に高まっていく。
あくまで平均年利3%強で長期運用できる自信があるなら、年齢など気にせず株式中心で強気のポートフォリオを組めばいい。しかし、「ヒトは感情に流されやすく、往々にして判断を誤る」と謙虚に考えるなら、この戦略に一考の価値がある。
不可知論的投資活動
クレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』という本で、「不可知論的マーケティング」という概念が提唱されている。
みずからの判断ミスを想定して、トライ&エラーで新規事業を開拓していくという考え方だ。確実にぶつかる失敗にそなえ、2度目3度目の事業計画に必要なリソースを確保しておく、という面もある。
投資におけるターゲットイヤーという考え方には、これに近いニュアンスを感じる。失敗を前提とし、年々先細っていくリスク許容度に応じて手仕舞いしていくのは、臆病だが賢いやり方といえる。
投資に関するジレンマ
ここ数年の異様な好景気に続き、トランプ不況(すなわちバブル)といわれる破壊的イノベーションが進行している。とはいえ新聞を見れば、いつの時代も景気の先行きは不透明と言っているように思う。そして上記のように、「株式市場について考えて行動するほど損をする(失敗する&手数料がかさむ)」というジレンマが存在する。
市井の投資家が生き残る術は、自らの無能力を謙虚に認めることだ。結局「自分は投資に向いていない」とあきらめて国の共済にお金を預けるのが、長期的には利口といえるのかもしれない。