中古で入手したセイコーの薄型手巻き式機械時計SCVL001。裏ぶたから透かして見える範囲で、キャリバー6810Aの中身を観察してみよう。素人なりに市販の書籍をかじってみて、ほんの少し時計の内部機構がわかるようになった。
カタログ掲載スペック
1994年のセイコーカタログによると、SCVL001/002に搭載のキャリバーはNo.6810A。1992年11月発売で機種略称は6810。直径φ19.7×厚み1.98mm。裏ぶたには別途、6800-8000の型番表記もある。
秒間6振動で日差精度は+25~-15。半年使って体感的には、1日30秒か1分くらい早く進む印象だ。修理・調整対応は販売店でなくSSC(セイコーサービスセンター)のみとされている。
ケースのサイズ・厚み
SCVL001のケース直径は、リューズを含めず実測33mm。キャリバー自体の厚さ1.98mmに対して、ケース全体の厚さは実測5.5mm程度。
安価なプラスチック製ノギスで測ったので、そこまで正確ではない。ケース厚6mmを切っていれば、機械式時計として十分に薄型といえるレベルだ。
厚さ1.98mmという絶妙な設定
ピアジェが最近出している激薄Cal.900Pのように、クレドールにも文字盤をスケルトンにした68系モデルが存在する。セイコーの技術力をもってすれば、さらに薄型のムーブメントやケース一体型モデルを製造できてもおかしくない。
そこはプロダクトとしての安全性・耐久性を加味して、一定の厚みを確保したと推測している。実際、Cal.6810を裏から観察すると、武骨なブリッジが歯車を広く覆っていて質実剛健に見える。
「イチキュッパ」という日本的な安売り価格の厚さ設定。そして「ぎりぎり2mmは切るが、それ以上は追い込まない」というポリシー(耐久性・保守性重視)に、メーカーとしての手堅さを感じさせる。薄型老舗の海外ブランドと無駄に張り合わないところが、謙虚なイメージだ。
受けと地板の装飾模様
裏面にローターのないシースルーバックの手巻き式は、時計の内部機構を勉強するのにもってこいだ。ひとまずイラスト入りで解説が詳しい、こちらの本を図書館で借りて読んでみた。
素人目線で、裏ぶたから見えるムーブメントの様子を説明してみよう。受け板パーツをよく見ると、円形状の領域がコート・ド・ジュネーブの縞模様で磨かれている。そして、テンプの隙間からちらっと見える地板の仕上げはペルラージュ模様だ。
さすが90年代セイコーとしては高額なモデルだけあって、パーツの仕上げにも妥協がない。表からはほとんど見えないが、22 JEWELSという表記からすれば、ホゾ穴にいくつか人工ルビーでも使われているのだろう。ブリッジにそれらしき穴石がいくつか見える。
コハゼの発見
6810の場合、リューズを回してゼンマイが巻かれる動力機構は、よく見える位置に設けられている。特に丸穴車と角穴車が噛み合う様子は、手に取るようにわかる。
角穴車の中央に見えているネジ頭(?)は円形だが、きっと内部の軸は角型になっているのだろう。その下に香箱があり、主ゼンマイが収められているのは想像がつく。
ムーブメントを観察していちばん大きな発見だったのは、コハゼという小さなパーツだ。これが角穴車とかみ合い、逆回転を防止している。
リューズを順回転させると、コハゼが動いてカチカチ音を立てる。手を離すとバネの力で元の位置に噛み合う。機械式時計のゼンマイを巻くときに、「チチチ…」と鳴る原因は、コハゼが角穴車とこすれる音だったのだ。
キチ車とツヅミ車は見えない
一方で、リューズ・巻き真につながっているはずのツヅミ車・キチ車というパーツは、受け板に隠れて見えない。リューズを引くと、オシドリがカンヌキをずらしてツヅミ車が奥に移動。コテツ車と噛み合い、日ノ裏車を回して時分調整できるはずだ。
このあたりの機構も、実物を動かしながら観察できればよかったと思う。特に、「リューズを引くとツヅミ車が押される」という逆の動作になる仕組みを確認してみたい。
ゼンマイの巻き終わり現象
手巻き式だと、ゼンマイ全開状態から30回くらいリューズを回すと、とうとつに「巻き終わり」という手ごたえがやってくる。動作にあまり遊びがなく、抵抗が急激に増してそれ以上、回らなくなる。気をつけないと、巻きすぎてゼンマイを傷めてしまいそうだ。
以前持っていた自動巻きだと、いつまでたっても巻き終わりの感触が得られない。いつまで回せばよいのかわからないのと、無駄に巻きすぎて内部のパーツが摩耗してしまうのも不安だった。
自動巻きとはいえ、一日中着けていても一晩寝かして翌朝には止まっていることが多かった。いずれにしても毎朝ゼンマイを巻くと考えれば、手巻き式と手間は変わらない。むしろ巻き終わりと停止状態が明確に把握できて、挙動が素直で扱いやすいといえる。
ローターや巻き上げ機構がない分、ケースの厚みは減るし、重量も若干軽くなる。分解清掃もやりやすいだろう。手巻き式はゼンマイを巻くのが面倒でないかと心配していたが、たいして苦にならなかった。自動巻きと比べても、逆にメリットの方が多い気がする。
テンプ・アンクル・ガンギ車
スペック上の振動数21,600(秒間6振動)というのは、ロービートに分類されるらしい。ハイビートに精度は劣るが、部品の摩耗を減らして耐久性を高めることが意図されている。
裏側からテン輪とヒゲゼンマイの調速機構はよく観察できる。テン輪にチラネジは見当たらない。その下にあるアンクルは、隙間からほんのわずかしか見えない。
秒間6振動でも、肉眼で動きを追うのは至難の業。奥の方にチラッと見えるアンクルの爪らしきパーツが、せわしなく往復運動しているのは確認できる。脱進機構は機械式時計に特徴的な要素だが、裏から全体像が見えないのは残念だ。
目を凝らすと0.1mmくらいあるプレートの隙間から、非連続に回転するガンギ車の一部を覗ける気がする。ここから先はルーペでも用意した方が観察を楽しめそうだ。
裏ぶたを透かして見えるのは、せいぜいここまで。輪列機構については、中央に金色の歯車が1/3くらい露出している。
ほとんど動かないところを見ると、時針がつながった日ノ裏車なのだろうか。
この先は分解…
この先は中身を分解してみないとわからない世界。ダイヤルやケースのデザインだけ評価していた頃から成長して、キャリバーの構造もおぼろげながら見えてきた。ここから裏ぶたを開けて分解し始めると、さらに深い沼に沈んでいくのだろう。
時計好きの病気としては、さらに次の病期(ステージ)に進行する感じだ。工具類を集め始めると、また別の方面でお金がかかって仕方ない。
そもそも雫石工房の人間国宝みたいな職人さんも、YouTubeに出ている動画で薄型の68系は調整に時間がかかると言っていた。素人がむやみに分解しても、元通りに組み立てて精度を出すのは不可能だと思う。
薄型が売りのムーブメントなので、素人目には気づかない、厚みを抑えるさまざまな工夫が凝らされているのだろう。地板や受け板というプレート部品だけでなく、各パーツも極限まで薄型化されていると推測される。
SCVL001は中身が洗練されすぎて、外からいじれないのは残念だ。あくまでこの装置は職人芸。アートの領域に達したブラックボックスとして、裏ぶたからうやうやしく拝むのがユーザーとしての正しい姿勢に思われる。