セイコー&クレドールの薄型Cal.68系と、雫石工房NB98の違い

セイコーの手巻き時計SCVL001。外観のレビューに引き続いて、キャリバーの特徴を整理してみたい。伝統の薄型68系、現行モデルのクレドール、そして雫石工房のオリジナル商品を比較してみる。

セイコー68系キャリバーU.T.D.

SCVL001のローマ数字版、SCVL002と似たデザインで、SCQL002というモデルが存在する。こちらはセイコー創業110周年を記念した限定モデルで、ケース素材が18K(WG/YG)なため中古の流通相場も高い。

ラグとケースが一体化したグランドセイコーと同じデザインは、同じくクオーツの20周年記念SCQX002と似ている。そして110周年SCQL002の文字盤には、薄型の機械式を意味するU.T.D.(Ultra Thin Dress)という文字が刻まれている。

U.T.D.が冠されるのはセイコーの薄型ムーブメント、通称「68系キャリバー」。1969年に誕生したオリジナル68Aから、20年経っても機械の厚みは変わらず1.98mmだ。それほど初代の完成度が高かったのか、もしくはクオーツが主戦場になり、機械式の技術改良が行われなかったという背景が推測される。

先日セイコーミュージアムで見た、6800-016の初代UTDは定価30万円。

むしろスイスのような文化的背景もない中、日本の民間企業として機械式時計の技術を維持していたのが驚きだ。セイコーもかつて1960年代には、スイス天文台クロノメーター・コンクールで上位に食い込んでいたマニュファクチュール。クオーツ時計の生産と並行して、機械式もいずれ復興すると予想していたのだろう。

クレドールのスモセコ付きCal.6898

セイコーの68系キャリバーは、現在クレドールの高級ラインでのみ販売されている。基本的に文字盤に螺鈿や彫金がほどこされた、数百万はする限定宝飾モデルが中心だ。

一番安い現行品で、定価67万(税抜、以下同じ)のGCBE995(Cal.6898)。歴代68系からムーブメントの厚みは変わらず、スモールセコンドが付いただけの違い。ケース素材もSCVL001と同じステンレスなのに、26年経って定価が2倍以上アップした。

この手の薄型時計にスモールセコンドはなくてもいいと思う。それでも「動いていることがわかる」という機能性を重視したのだろう。機能は増えたがキャリバーの厚さを1.98mmに抑えたところに、セイコー・クレドールの意地を感じさせる。

Cal.6810、6870、6898の違い

1993年に発売されたクレドール用のCal.6870は、6810と見た目はほとんど同じだ。単にロゴをSEIKOからCREDORに替えて、90度回転させただけに見える。

しかし、小秒針付きの6898は外観がまったく違う。まず、角型ケースに収めるため両端を直線的にカットしていた部分がなくなった。クレドールの現行製品でも、角型のケースにはまだ6870が搭載されている。

そして歯車の受けパーツに曲線部分が増え、コート・ド・ジュネーブの加工面積も増えた。シースルーバックから「魅せること」を意識して、見た目をグレードアップしたように見える。

工業製品的な6810に比べると、現行6898は海外製品のように模様がゴージャスで曲線状のブリッジもなまめかしい。ただし文字の掘り込み部分がゴールド色でなくなり、精悍さは増したように思う。

6810は9Fと似ている

Cal.6810の外観が武骨に見える理由は、ムーブメントの両端が断ち切られた直線的なエッジにあると思う。角型のケースと兼用するための仕様だが、これが同じくセイコーの9Fキャリバーを彷彿させる。そして表に大きく見えている角穴車が、9Fのボタン電池と似た位置にある。

9Fはクオーツなのに、電池とコイル、IC部分の配置が幾何学的で美しい。全面的に彫金模様もほどこされている。そしてもちろん中身も「年差10秒もしくは特別調整で5秒」というハイスペックだ。

 

クオーツ時計でシースルーバックというのはあまり聞いたことはないが、9Fキャリバーはあえて見せる価値がある。そして9Fの25周年記念限定グランドセイコー(SBGV238、Cal.9F82)は、裏透けになっていた。

トゥールビヨンのCal.6830

現行クレドールには、ほかにCal.6830というトゥールビヨンの手巻きムーブメント(GBCC996/997/999)が存在する。こちらは貴金属を彫金加工して、定価は1千万以上という世界。漆芸まで入った最高峰のFUGAKUはなんと5千万だ。

 

さすがにプレミアすぎるのか、セイコーミュージアムにも展示されていなかった。和風の装飾は、国内メーカーの高級万年筆と似たようなセンス。そのうち鶴とか亀のバージョンも出てくる気がする。

はっきりいって趣味ではないが、希少価値のある工芸品とみなせる。いつか博物館などで、じっくり鑑賞してみたい。海外メーカーとムーブメントの薄さで競争せず、あえて独自の和風装飾路線を突き進む姿勢は評価したい。自分で買うことは絶対にないが、クレドールのマスターピースはこの路線でいいと思う。

68系が値上がりした理由

極薄の68系ムーブメントは現在、岩手の雫石高級時計工房にて「1日1~2個」と、きわめて少量の生産が続けられている。価格が倍増した理由をまとめると、以下の3つでないかと推測している。

  1. 手巻き時計のニーズが減って、実用品から趣味になった
  2. クレドールに格上げしたことによる、ブランド代の上乗せ
  3. 最近の世界的な時計の価格高騰を反映(追従)

クレドールも昔はセイコーロゴが併記されていた。今はグランドセイコーも、GSというブランドだけで世界に売り込もうとしている。ブランド訴求のためか、雑誌や新聞の広告も以前より多く目にするようになった。

ラインナップが増えて選択肢が広がるのはうれしい。しかし、高価格帯のモデルは広告費が上乗せされ、ますます手が届かなくなってしまう。セイコーの機械式ムーブメントに興味があるなら、古いモデルを探す方が圧倒的にリーズナブルだ。

雫石工房のオリジナルNB98

盛岡セイコー工業が雫石高級時計工房の名前で、クレドールと似たようなオリジナルモデルを販売している。オーダーメイドといっても文字盤の色と、ベルト素材を選べる程度のバリエーション。ロゴがCRECORからSHIZUKU-ISHIになり、薄型手巻きのムーブメントは6898からNB98と名前が変わるだけ。

ウルトラスリムのNB98は、リーフ型の長針短針とアラビア数字が、IWCのポルドギーゼを彷彿させる。特に数字のフォントとサイズ感がそっくりだ。

NB98のムーブメントは、見た目的にCal.6898とまったく同じと思う。スモセコ付きでカスタム対応なわりに、クレドールの現行モデルよりちょっと安い60万で手に入る。

雫石モデルは岩手の現地でしか買えなかったりするためか、中古市場で流通しているのを見たことがない。セイコーに比べればクレドールも十分マイナーだが、時計好きの人に対してはSHIZUKU-ISHIロゴの方が自慢できると思う。

ただしそれ以外の人にとっては、TicTACやヴィレッジヴァンガードの雑貨屋で売られている、1万円くらいのクオーツ時計と見分けがつかない。雫石(しずくいし)…ある年齢以上の人にとって、その地名から連想されるのはむしろ1971年の凄惨な全日空機衝突事故だ。

裏透けが基本の68系

68系と競合する海外製の薄型時計で、シースルーバックになっているモデルは見たことがない。せっかくていねいな仕上げが施されているので、オーナーとしてはぜひ裏から眺めたい気持ちだろう。

このあたりはセイコー・クレドールと逆に、安全性を優先した堅牢仕様と考えられる。海外ブランドでは、ロレックスやブライトリングがシースルーバックを採用しないのも有名だ。

むしろ国産の68系キャリバーに裏ぶたスケルトンが多いのは、技術力に自信があるからだろうか。あるいはケースを分解せず中身をざっくり確認できるようにすることで、保守性を高めたという思想だろうか。シースルーと言っても、観賞用だけでなく実用的な側面もある。

なぜか日常生活用防水

あまり信用していないが、SCVL001の裏にはWATER RESISTANTと書いてある。当時のカタログにも「日常生活用防水」のアイコンが記載されていた。

おそらくオーバーホールに出したら、いつものように「防水性はあてにならない」と言われるのだろう。とりあえずひと夏、毎日着けて過ごしてみて、風防の中がくもったりする症状は見られなかった。

なるべく水にぬらさないように気をつけてはいるが、かつて時計を洗濯機で洗ってしまった経験もある。なるべく湿気や磁気を避けて、大事に使っていこうと思う。

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