雲上ブランドの廉価なクオーツモデルと迷った挙句、中古で入手して半年ほど使ってみたセイコーの薄型手巻き式機械時計、SCVL001(6810-8000、Cal.6810A)についてレビューしたい。まずは表側文字盤のデザイン、外観の特徴と歴史的位置づけについて。他社製品との比較や、選んだ理由など。
1992年発売の薄型手巻き時計
セイコーの古いクオーツ時計を探して90年代前半のカタログを調べていたら、たまたま見つけた機械式時計。当時のカタログではグランドセイコーもすべてクオーツで、年差の精度や耐磁性を売りにしている。「メカニカル」と銘打たれたのは、カタログ後半のこのシリーズだけだった。
同じムーブメントで型番SCVL001と002の2種類あり、前者はバーインデックス、後者はローマ数字になっている。ケースの素材はステンレスだが、当時の定価はどちらも25万円(税抜、以下同じ)。
SS素材のモデルとしてはグランドセイコーより高く、あくまで趣味のアイテムとして試しに復刻してみたという印象だ。間違っても90年代の主力製品ではない。
カタログには同じく、自動巻きの薄型4mm厚ムーブメントも掲載されている。SCVKなど複数の型番が存在するが、なぜか定価は12万以下と手巻き型より安い。そして文字盤のデザインも中途半端に装飾過剰だ。
ローマ数字かバーインデックスか
SCVL002の方は、ローマ数字の外側にわざわざ点を描いている。12個分のインデックスが余計にあるので、見た目は冗長だ。
しかし、「正確な時間がわかりにくい」というクレームを避けるため、あえてポイントを打ったのではないかと思う。セイコーらしい、いかにも実用性重視のデザインだと思ったら、他社製でローマ数字の内側に点を売っているドレスウォッチも見かけた。
そもそも精度重視で時計を選ぶなら、無難に安くて丈夫なクオーツを選べばいい。趣味性の高い機械式時計として、このデザインは不要だったように思う。ローマ数字もクラシックでいいが、見た目のシンプルさでは棒状インデックスのSCVL001がまさっている。
史上もっともシンプルな文字盤
先日、墨田区のセイコーミュージアムを訪ねて歴代製品を見学した。アンティークやクオーツのモデルも含めて、ダイヤル・ケースのデザインとしてはSCVL001が最も洗練されていると思う。
世の中にはMOVADOやH. Moser & Cieのように、インデックスがない時計もある。割り切ってアクセサリーとみなせばそれでもいいが、やはり実用上は最低12分割の目印がほしい。
2針・アワーマーカー・SEIKOロゴで、文字盤は明るめのシルバー。サテンやサンレイ加工、ラメ素材も入っていないソリッドな外観。一方で裏ぶたはシースルーになっており、自慢の薄型手巻きCal.6810Aムーブメントをじっくり観察することができる。
端正な表向きの顔と、アバンギャルドな裏の顔。まるで某マンガキャラ「貧ぼっちゃま」のような二面性を持ったプロダクト。実は海外の競合製品でも、極薄手巻き式なのに裏ぶたスケルトンというモデルは希少だ。これが今回セイコーを選んだ理由のひとつでもある。
70年代に出ていたシャリオの一部、クオーツ20周年記念のSCQX002も見た目は近いが、ここまで簡略化されていない。中古で手に入る過去30年くらいのドルチェやクレドールも一通り調べてみたが、ここまでミニマムなデザインは見つからなかった。
2針・バーインデックスという定型規格
歴史上、全世界の時計を見渡しても、SCVL001はひとつの理想的完成形だと思う。むしろ20世紀終盤に「薄型手巻きはこのかたち」という流行か、不文律があったのでないかと思う。30年くらい前に出ていた雲上ブランドやジャガー・ルクルトのドレスウォッチには、ロゴ以外の見た目がほとんど同じモデルがある。
「2針・バーインデックス・ブランドロゴのみ」という3点セットは、当時の薄型機械式時計に共通して見られる世界共通のデザインコード。それ以外の規格をそろえて、ムーブメントの薄さや精度を評価する競技でも行われていたのだろうか。
たとえばヴァシュロン・コンスタンタンとオーデマ・ピゲのアンティーク。ややインデックスが長めのレトロな文字盤は、ロゴ以外ほとんど同じにしか見えない。ラグやケースの形状もそっくりだ。
ケースの厚みも5mm程度と似通っているので、あとはブランドのイメージやケース素材、シースルーバックの有無という基準で購入判断することになる。高級ブランドは当然ケース素材も18K以上、付加価値が組み合わさって相場はさらに跳ね上がる。
海外製の手巻き薄型キャリバー
海外製の薄型手巻き時計に搭載されるキャリバーとして、代表的なモデルを挙げてみよう。上に挙げたようなシンプル時計には、たいていこのあたりのムーブメントが入っている。
- フレデリック・ピゲ Cal.21
- オーデマ・ピゲ Cal.2003
- ジャガー・ルクルト Cal.849
- ピアジェ Cal.430P
- ヴァシュロン・コンスタンタン Cal.1003
最近ではピアジェが2014年に発売した900Pのアルティプラノがケース含めて3.65mmと異次元の薄さを達成している。しかも2018年にはムーブメントでなくケース厚が2mmの900P-UC、自動巻きの900Pまでお目見えした
もはや裏蓋や文字盤に直接パーツが組み込まれているという離れ業。そして価格も異次元(300万以上)なので、われわれ庶民の目に触れることはなさそうだ。
Japanese Piaget?
セイコーの68系キャリバーも、厚さ2mm以下の薄型として世界的に評価されているらしい。海外サイトでは、Japanese Piagetなどと呼ばれて紹介されていたりする。
創業年はどちらも19世紀末という似た会社。価格もターゲットの顧客層もずいぶん異なるが、ピアジェと同列でムーブメントを評されているのは、セイコーにとって名誉といえる。
近年は、スプリングドライブや9Fキャリバーといった電子制御のムーブメントが得意なイメージのSEIKO。クオーツネイティブな世代には、かつて機械式の時代にスイス勢を猛追していたマニュファクチュールという顔を知られていない。
最近はグランドセイコーの単独ブランド化で、メカニカルなラインも積極的にアピールするようになってきた。しかし、手巻きの68系は現行クレドールにしか採用されていないので、一般的な知名度は低いと思う。
コスパの良さ、維持費の安さ
新宿伊勢丹メンズ館の8階アンティークウォッチ売り場、壁のいちばん隅にオーデマ・ピゲの古い自動巻きが展示されていた。1970年代製、メーカーロゴの下にGENEVE、筆記体でAutomatic表記のあるモデル。ケースはホワイトゴールドで、店頭価格は70万円以上…
筆記体のフォントが好きなら、古いIWCで十分だと思う。さすがに雲上品はアンティークでも、海外高級ブランドより一回り高い。
APの手巻きと迷ったが、見た目やサイズ感はSCVL001と大差ない。文字盤のロゴだけ、泣く子も黙るAUDEMARS PIGUETから地味なSEIKOに変わったくらい。軽くて気負いのないSSケースになって、価格は半額以下に。そして裏ぶたスケルトンでムーブメントの鑑賞も楽しめるというボーナス付きだ。
とりあえず趣味の買物、はじめての手巻き式時計としては、セイコーでよかったかなと思う。雲上ブランドに手を染めてしまうと、時計の愛好家としてもうやることがなくなりそうな予感がする。実際は、さらにその上の製品を探して沼にハマるのだろう。さすがにお金がもたない。
オーバーホール代もセイコーの正規価格を調べると3.6万。クオーツの電池交換代よりは高いが、海外ブランドの類似品よりは安価だ。むしろ超絶技巧の薄型キャリバーを、そのくらいの料金でメンテしてもらえると思えば、良心的とも考えられる。
薄手のメッシュベルトが似合う
ラグ幅はこのケースサイズとして標準的な18mm。通気性抜群のパーロン素材、ナイロンメッシュのベルトを差して使っている。
せっかくのシースルーバックがベルトでふさがれてしまい、もったいないという見方もある。しかし、裏透けだとたびたび手首から外して眺めてしまい、仕事にならないデメリットがある。
ベルトを間に挟むため、ガラスの裏ぶたが直接地肌に触れず、ケース内に汗が侵入しにくい。普段はあえてメッシュベルトでふたをして、ときどき外してムーブメントを眺める程度でちょうどいい。
続いて、歴代68系キャリバーの違いについて調べてみた。