原宿からケヤキ並木の表参道をひたすら歩くとたどり着く根津美術館。近くにある岡本太郎記念館やブルーノート東京に行くたび、何となく気になっていたが入ったことはなかった。名前がまぎらわしいが、上野近くの根津駅にあるわけではない。
美術館の中には仏像や絵画、工芸品など、国内の古い美術品がコンパクトに展示されている。一部に国宝も含まれており、所蔵品のクオリティーは国立博物館にも引けを取らない。
建物の裏手には、広大な庭が広がっている。青山の瀟洒なエリアにこんな日本庭園が存在するとは知らなかった。たまたま遭遇した5月の特別展は、庭と屏風のかきつばた目当てで訪れる観光客でいっぱいだった。
現建物は隈研吾の設計
この日、行われていたのは「光琳と乾山」の特別展。知らなかったが4~5月は庭園のカキツバタが満開になり、燕子花図屏風がセットで展示される恒例行事らしい。平日なのに行列ができるくらい混んでいて、何ごとかと思った。
建物が思ったより現代風で驚いたが、2009年に隈研吾の設計でリニューアルしたらしい。日本全国、行く先々で遭遇する隈作品。一体どれほど多くの公共建築を手がけているのだろう。
特別展のシーズンは一般1,300円の入館料で、この規模にしてはちょっと高いと思った。ただし庭園の入場料も含まれると考えれば、立地からして妥当な金額だ。切妻の大屋根の下には吹抜けの広いホール。背の高い仏像はここに置かれている。
上階の展示室に階段で上がる途中の休憩スペース。下の階を行き交う人々を見る以外、特にすることはないが、こういう隠れ家的なスペースは何となく楽しい。槇文彦が設計したスパイラルの中2階、青山通りを見下ろしてマリオ・ボッタの椅子が並べてある空間みたいだ。
一見古風な外観とは裏腹に、天井が高くて3層の吹抜けになっている。上下移動しながらホールの展示物を鑑賞できて、開放感のある空間だった。
光琳の夏草・秋草図屏風も見事
展示室は撮影禁止だが、有名な燕子花図屏風以外はダイナミックな構図とパターンが現代美術のようだ。金箔を背景に、濃い群青色の花と鮮やかな緑の葉っぱだけ。製作された江戸時代の中頃には、相当斬新に見えたのではないかと思う。
一方、同じく尾形光琳の夏草図屏風も展示されていて、カキツバタとは対照的に緻密なタッチで描かれていた。サントリー美術館所蔵の秋草図屏風もセットで展示されており、カキツバタを間に挟んで春秋連続で見せる配置が絶妙。
夏草図に繁茂する植物からは、うっとうしいくらいのエネルギーを感じる。これに対して秋草図では、枯草のようにくすんだ色彩の中にポツンポツンと咲く白い菊の花が印象的だ。
燕子花図は、まあゆっくり歩きながら観てリズム感を楽しむような感覚。今日はお客さんが多いので、あまりのんびり見ているとまわりの迷惑になる。むしろ夏草・秋草図の方がじっくり鑑賞できて記憶に残った。
庭園ではカキツバタが満開
根津美術館の庭は思った以上に広い。迷路のようなルートをすべて歩いたら、1時間くらいかかると思う。
日本庭園らしく、要所要所に仏像や彫刻が置かれていたり、植栽や芝の植え方に変化が付けられていて飽きさせない。庭にはそこそこ起伏もあり、池に近づくと植物がうっそうと生い茂ってくる。
名物のカキツバタは池の一角に密集して満開だった。写真撮影の行列がすごいことになっていたが、池を囲んでいろんな角度から鑑賞できる。
燕子花図屏風とペアとはいえ、並んで展示されているわけではない。池にある実物を見ると、屏風に描かれているより地味で小ぶりに見えた。
池に浮かぶ極小サイズの屋形船
池の中にはミニサイズの屋形船が浮かんでおり、花よりむしろこちらが気になる。残念ながら立ち入りは禁止されていた。
岡山の後楽園にある「流店」のように、建物の中を水が流れている東屋はある。しかし、船型の極小茶室のような日本建築は、今まで見たことない。つくりからして歴史が古いようにも見えないが、これも隈研吾設計の余興だろうか。
宴会を楽しむ屋形船は、川の景色が見えるよう、普通は壁が吹き放しになっている。この船には一見、小屋か茶室のような、小さい窓と障子しか開口部がないのがユーモラスだ。波の立たない湖畔に庵を結ぶことがあったら、ぜひ真似してみたいアイデアだと思った。