自転車に乗っているときに雨が降ってきたので、腕時計が濡れないようにズボンのポケットにしまった。帰ってきて、濡れた衣服が臭くならないうちに洗濯しようと洗濯機に突っ込んだら、干す段階になってポケットに腕時計が入ったままだったことに気づいた。
当然壊れたが、針の止まっている時刻を見ると、洗い始めて数分は耐えたと思われる。日常生活防水のクォーツ時計でも、洗濯機でしっかり洗うとさすがに持たないということがわかった。文字盤には洗剤の粉がこびりついて、見るも無残な姿だ。
前後両脇6つもポケットがあるカーゴパンツだったので、ちゃんと中身を確認しないで洗濯してしまったのがまずかった。「財布を落とす、スマホをトイレに水没させる」など日常よくある洒落にならない失敗の一つだ。よそ行きの機械式時計でなかったのが不幸中の幸いだが、カジュアル向けではお気に入りの時計だったのでショックも大きい。
時計屋さんで乾燥してもらったら直った
3日ほど放置してみたが、勝手に直りそうな気配はない。諦めきれないのでダメもとで時計屋さんに持ち込んでみた。店員さんも一瞥して「まあダメかもしれないけど応急乾燥かけてみる」という感じ。具体的な方法はわからないが、乾燥させて直れば成功報酬2千円くらい、ただし失敗なら無料で返却という条件をご提案いただいたので、修理をお願いした。
3日ほど経って引き取りに行くと、なんと乾燥させたら直ったらしい。文字盤にできていた水滴のシミも取ってもらえただけでなく、さらにプラスチック製で傷がついていた風防も磨いてあった。
これで修理料金2,160円。もとが1万円くらいの腕時計なので、修理するか買い換えるかは微妙なラインだったが、せっかく直してもらえたので大事に使い続けようと思う。
金属パーツの劣化などで寿命は縮まるかもしれないが、壊れたら店舗で直せないのでメーカー修理、スイス送りになるとのことだった。そうなるとさすがに購入価格を超えそうなので、買い替えを検討するだろう。
円高還元で安く入手できた軍用時計
ちなみに今回修理した腕時計だが、米軍支給のジェネラル・パーパス・ウォッチである。楽天市場の購入履歴を見ると、4年前に税込13,800円で購入したようだが、今は税込22,680円に値上がりしている。当時は「円高還元価格」と記載されていたので、おそらく1ドル80円台の時期に仕入れたのだろう。
湾岸戦争時の支給品だった「デザートストーム」に見た目が似ているので、長らくスイスのGALLET社製だと勘違いしていた。裏蓋に書いてあるMarathonWatch.comのウェブサイトを見てみると、どうやら別会社らしい。1904年設立、カナダのモントリオールで創業して、1941年から連合軍に時計の納入を始めたとある。
マラソンウォッチの地味な魅力
文字盤下には小さくSWISS MADEとあり、公式サイトの説明では”made in La Chaux de Fonds Switzerland”。ラ・ショー=ド=フォン、最近上野の国立西洋美術館が世界遺産登録された、ル・コルビュジェの生誕地だ。
ムーブメントはETA F06のクォーツ。日差-0.3/+0.5秒。防水性能は3気圧らしいが、時計屋さんではほとんど期待できないとのことだった。マラソンウォッチとあるので、ジョギング中とかアウトドアでもがんがん使っていたが、確かに濡れると風防の裏が曇ることがあった。前回の電池交換時に、ケチって防水パッキンを交換しなかったのがまずかったのかもしれない。
本製品の特徴は軍用MIL規格、MIL-PRF-46374G, Type I, Class 1準拠。デイト表示の有無、蓄光素材の違い、裏蓋にバッテリーハッチがあるものなど、バリエーションがいくつかある。その中で選んだのは、MARATHONのブランド名も、U.S.GOVERNMENT表記もないSterileモデル。「身元がばれるとやばい任務用」という忍者っぽい見た目が気に入った。
個人的にブランド名が目立つ商品はあまり好きでない。ウィリアム・ギブスンの『パターン・レコグニション』という小説に、ブランド・ロゴ・アレルギーの主人公が出てきて(なのにマーケティングの仕事をしている)、ジーンズもリベットのロゴを削ってはいている、というのに共感する。
ちなみに文字盤にでかでかと刻まれたH3(三重水素=トリチウム)と放射能マークだが、これのおかげで蓄光の必要なしに10年くらい自己発光する性能を持っている。従来の蛍光塗料より100倍視認性が高いというのは本当で、夜道や山の中でもバックライトなしに煌々と光るので重宝している。一応、人体に害はない規定以下の放射能らしいが、毒々しいハザードシンボルがまったく気にならないと言えばうそになるか。
サイズが小さい腕時計が欲しい
手首が細い方なので、ケース直径34mm、ベルト幅16mmと、最近にしては小型なサイズも気に入っている。
ここ10年来のデカい腕時計ブームは異常だと思うのだが、直径33mm前後となると、もはやアンティークか女性向けサイズでしか手に入らない状況だ。わりとシンプルな機械式時計だと、IWCとかNOMOSがたまに33~34mm径のミッドサイズをラインナップしていたりはする。
マラソンウォッチは直径は小さいが、なぜか分厚くてノギスで測ると12mmくらいあった。バネ棒は外せず、裏蓋に回り込むNATOベルトしか装着できないので、厚みは13mm近くになる。
最近はクォーツの薄型で6mm、機械式でもピアジェやルクルトのマスター・ウルトラスリムで6.3~6.6mmの極薄製品が存在する時代だ。シャツの袖口に引っかかるのは気になるが、この厚みもなにか軍用に耐久性や保守性を担保する(あるいはコストダウンの)工夫だと考えれば、納得できなくはない。ケースは樹脂製で見た目がチープだが、NATOのナイロンストラップと相まって、ものすごく軽く感じる。
「良いものを長く使う」を誤解すると散財する
今思えば身の丈に合わない高い買物だったが、昔は「良いものを長く使う」「安物買いの銭失い」というのを短絡的に理解して、不相応なブランド品ばかり買っていた気がする。若気の至りというか、10代20代の頃は、見た目や持ち物で自分をかさ上げしたいという見栄っ張りな気持ちがあったのだろう。「良いもの」というのは、実用上の最低スペックを満たしていればよいという意味で、ブランド品とか高いものを買えという教訓ではない。
授業料は高くついたが、おかげで物を買う際はよく調べて選ぶ習慣が身についた。ミニマリストとして持ち物を厳選処分するにつれて、身の回りの品物は、いざとなれば原稿用紙1枚分くらい、うんちくを語れるものばかりが残った。話を聞く方はうざいと思うので滅多に語ることはないが、200円のボールペンですら、ゲルインクのメリットやリフィル規格などに思いをはせながら使うのは楽しみである。
そのうち、過去に買ってしまった高価なモノを紹介する懺悔の記事も書いてみたいと思う。わかりやすいブランド品でも貴金属でもないので売れる見込みがなく、見るたびに後悔するが、捨てるのももったいない。身分不相応で不釣り合いに思いつつも、代用品を買う方が高くつくので仕方なく使い続けているという、呪わしい品々だ。