さすがにオークションでも、ゴミみたいに傷んだ手帳は気が引ける。そこそこ状態がよく、黒革で銀色ロゴの好みに合った中古のエルメス・アジャンダGMサイズを、1万以下の相場で入手できた。はじめて手にしたエルメス製品。まずは革カバー本体の仕組みを観察してみよう。
ロゴが控えめなのがよい
エルメス製品としては、表紙の折り返し部分に小さくロゴが印字されているのも好みだ。カミーユ・フォルネやヴァレクストラのように、ロゴを表に出さないスタンスが奥ゆかしい。
外から手帳カバーを見たら、別に本屋で売っている安物と変わらないように見える。あえて内側のエルメスロゴを他人に見せびらかす機会もないだろうから、所有者だけが楽しめるひそかな楽しみだ。
女性用で有名なバーキンやケリーのバッグだと、かたち自体がアイコン化しているので一目でエルメスとわかってしまう。模倣品として堂々と「バーキン風」というバッグのジャンルが成立してしまうほどだ。
一方、ブリーフケースの定番サック・ア・デペッシュを街中で見て、エルメス製とわかる人は少ないだろう。そもそも定価100万近くのこれを持っている人は、普通に電車に乗ったりしないと思う。他人の時計やバッグをこっそり観察するのが趣味だが、都心ですれ違うのも稀だ。
ポケット裏の刻印で製造年がわかる
エルメス製品は隠れた印字で製造年代がわかるらしく、大文字Iなので2005年製。13年前の製品だが、ていねいに保管されていたのかわずかな傷しか見当たらない。
ちなみにGMの場合は、右ポケット内側にこっそり刻印がある。内視鏡カメラでもなければ撮影できないくらい、隠された位置にマークが刻まれていた。これは縫製前に処理しておかないと実現できない加工だ。
仕上がりが均一すぎて人工的に見える
革のステッチは機械でなく手で縫っていると思うのだが、ピッチが均一すぎて人間業に見えない。表皮のシボもほとんどむらがなく均質に見えるので、マグロでいうと大トロのような牛革の背中~腰部分から採取された希少部位なのだろう。
コバの加工ももちろん丁寧だが、これ見よがしにコーティングして盛り上げている感はない。塗料より磨きの技術で切断面を均質に仕上げているのか、製造から10年以上経っているはずなのに屈曲部にひび割れも見られない。
手帳として最も負荷のかかる、背面角の部分に、目立った劣化やステッチのほつれも出てこないのは、元のつくりがしっかりしている証拠だろう。ただし、糸の色だけはどうしても色あせてグレーがかって見えてしまう。
別の染料でケアすれば黒くできそうだが、さすがにエルメス製品に手を加えるのは気が引ける。リペアするのは、もう少し傷んでからでもいいと思う。
正体不明だがキメの細かい革
エルメスの水牛革は加工の具合によって数十種類のバリエーションがある。ヤギ革やエキゾチック・レザーも合わせると膨大な数に及ぶ。
購入時はボックスカーフという説明だったが、多少シボが残っているところを見ると、ヴォー・スウィフトやトリヨンノビーヨくらいの革に見える。ウェブの写真からは判別しにくいので、いつか詳しい人に鑑定してもらいたい。
購入後に一度、モゥブレイのデリケートクリームを塗ってから、半年間ノーメンテで使い込んできた。旅先や山登りにも携帯して、バッグの中に放り込んできたので、丈夫そうな革でもそれなりに傷が増えてきた。
大きい傷はさすがに目立つ
型押しとしてはかなりキメが細かい方で、ガラス加工やウレタン塗装もされていない。細かいこすり傷は模様に紛れて目立たないと思うが、大きめの引っかき傷や、くぼんでしまった部分は光の当たり具合で目立つ。
型押しだと耐久性は高そうだが、表面についた傷が味になるというより、みすぼらしく見えてしまう。気持ちよく使える期間というのは、タンニンなめしのヌメ革より、短いかもしれない。
シンプルなクリップ部分の構造
リフィルをとめる金具は、いたってシンプルなクリップ上の突起が2本出ているだけ。構造的に極めてシンプルなので、うまくリフィルを差し込めば8mm径のシステム手帳より薄型に仕上げられそうだ。
普通に考えれば、革に穴を開けて針金を通すと思うのだが、合体させた状態で曲げ加工を行ったのだろうか。金具の先端が単なる丸でなく、微妙にエッジを残した台形型になっているところにもこだわりを感じさせる。
金具は特にロジウムメッキもしていない、普通のステンレスに見える。さすがにこんな擦れて負荷のかかる部分を、柔らかい金で作ったりはしないのだろう。手持ちのシステム手帳は10年経つとリング部分が結構錆びてきたが、エルメスの金具は微塵も傷んだ気配がない。
ポケットにマチやカード入れはない
両サイドのポケットにマチはないので、できればあまり物を詰め込まず形状をキープしたい。潔くカードホルダーも廃したシンプル構造なので、せいぜいリフィルの表紙を挟んで安定させるくらいでとどめるべきだろう。
ついつい外でもらったレシートや割引チケットのたぐいを挟みたくなるが、その役割は財布に集約させた方が手帳カバーの魅力が引き立つ。便利な小物入れでなく、あくまでカバーという役割に徹しているところが潔い。
手帳の上下がわかりにくい問題
右側ポケットの裁断は直線的だが、左ポケットはカーブしていて中央部にロゴがある。これは構造上の必要性というより、パッと見て手帳の上下左右をわかりやすくする仕組みだと思う。
外側からカバーだけ見ると、どちらが上かわからないのが難点だ。さっと開いて上下さかさまなことがよくある。カバーを加工するのは気が引けるので、目立つ位置にペンホルダーを設けるとか、リフィルに付箋を貼るなり目印をつけて工夫した方がいいだろう。
以前、大峡製鞄のコードバン製コインケースに余計な切り返しがついていて不思議に思ったが、今考えると手触りで向きを判別させるための工夫だったのかもしれない。ちまたでは、「革をケチった」と批判されていたが、これだけの有名ブランドが数万する高級品で妥協するとは思えない。
手帳カバーのベルトや革の切り返しには、思わぬ副次効果があるように感じた。クオ・バディス風にページの角を切り取って目印にすると、リフィルの向きが分かりやすい利点もある。