春先にパスポートサイズの手帳カバーを探していて、ひょんなことからエルメスにそれらしき製品があることを知った。手帳で5万近くする高級ブランドは選択肢になかったが、中古品の流通量も多く、意外とリーズナブルに手に入ることがわかった。
伊東屋にも置いていない高級ブランド
文具好きと言いつつも、おいそれと手を出せない分野がある。宝飾品が絡んだハイブランドの高級文房具だ。万年筆にダイヤやルビーが埋め込んであるのはどうでもいいとしても、たまに独特な使用感を開拓する意欲的な新商品が出てくることもある。
たとえばマーク・ニューソンがデザインしたエルメスの万年筆ノーチラス。繰り出し式のペン先機構は、パイロットのキャップレスやラミーのダイアログ3が知られている。ノーチラスは潔く握る部分からクリップを廃した、ミニマムがデザインにそそられる。ペン先がホワイトゴールドなのはいいとしても、アルミとステンレスの胴軸で定価20万というのは破格だ。
試し書きしてみたいが、さすがにエルメスだと銀座の伊東屋にも置いてなさそう。デパートのブティックや専門店は敷居が高すぎて、貧乏人風情はまたぐのも気が引ける。
革製品の最高峰として、一生縁がないと思っていたブランドだが、ひょんなことからオークションを見たら、意外なほど安く中古品が流通していた。ヴィトンやグッチのよく知られたブランドは中古品やコピー品の取引も盛んだが、どうやらエルメスも同類らしい。
さすがにプラダのオートクチュールとなると、VOGUEの編集長クラスでないと着こなせないだろう。一方バッグや革小物なら、がんばれば庶民も手を出せる。そしてブランドロゴが目立つので、効率よくステータスをアピールできる。
エルメスの手帳が転売される理由
生まれてはじめて手にしたエルメス製品は、アジャンダカバー。事前のリサーチによると、GMという規格がパスポートサイズのリフィルにぴったりだという。なぜかフリマやオークションでの中古流通が多く、そこそこ年式新しく状態が良いものが1万円そこそこで手に入る。
現行モデルはシェーヴル・ミゾールの革素材で定価54,000円。常識的に考えられる手帳のおよそ10倍はするお値段だ。勝手なストーリーを想像すると、見栄を張って誕生日やクリスマスにプレゼントされたが、案外使いにくくてお蔵入りになった。あるいはパートナーと別れて不要になった思い出の品だが、エルメスなので質屋に持ち込んだら意外と売れた。そんな裏話をイメージしてしまう。
手帳の好みは千差万別なので、プレゼントでよろこんでもらうのは難しい。できるビジネスマンならなおさら、使い慣れた高橋や能率手帳を手放せないかもしれない。超整理手帳やリフィルを自作し始めるマニアもいる。
高級な純正リフィルも存在する
そしてもうひとつ、エルメスの手帳を維持できない問題点がある。ジャストフィットする純正リフィルもエルメス製なので、1年分のダイアリーが軽く1万円を超えることだ。これに白紙や罫線入りのメモ用リフィルも組み合わせると、2万円近くに達する。
リフィルだけで、毎年アシュフォードのちょっといい革製手帳が1冊買える値段。紙質は文句なくよさそうだし、いかにもエルメスらしい手書き風のしゃれた印刷が気になる。月名や曜日も英仏並記で、無駄に紙面スペースをとっているところが余裕を感じさせる。
クオバディスと同じく、ページの端に切り取りミシン目が入っているのも地味に便利そうだ。この仕組みはすべての手帳が真似すればいいと思うのだが、フランス製品しか使うことを許されない特許でもあるのだろうか。
3パターンもあるこだわりのダイアリー
さらに純正リフィルはリングノート形式で、綴じ具がいかにも高級そうな光沢あるメタルでできている。実際に試していないが、この幅広リングのおかげで、手帳カバーの金具に差し込んでも安定するのだろう。他社製品のリングノートをいくつか組み合わせたが、どうしてもクリップの針金だけで自立して安定させることができなかった。
考えようによっては、ここぞという一年にする覚悟で純正リフィルを買ってみてもよい。見開き2週間、1週間、1日1ページのバーティカル型と、3種もパターンを用意しているところがエルメスらしい。
もし渦中のカルロス・ゴーン会長くらい年棒をもらっていたら、迷うことなく純正リフィルをあつらえたい。昨日の逮捕ニュースで、高配当目当てに仕込んでいた日産株がみるみる値下がりしてしまった。含み損でエルメスのリフィルくらい余裕で買えたのが悔しい。
たとえ紙製のノートとはいえ、エルメス製品が1万円で買えるなら安いもの。あまりに価格が異常な世界なので、判断基準もおかしくなってきた。純正リフィルなら、ページ1枚で牛丼一杯食べられるくらいの価値がある。
手帳カバーのバリエーション
リフィルだけでなく手帳カバー自体も複数の規格が存在する。現在の公式サイトには見あたらないが、10×7cmのPMサイズが最小といえる。ミニ5穴のシステム手帳より、もう一回り小さいくらいだ。
次は現行最小モデルのGM(Grand Modele)。サイズ13.2×9.5cmには、片側に収納袋が付いたEAジップや、前面チップのタイプが最近ラインナップに加わったようだ。加工の具合によって、もちろん値段もさらに上乗せされる。
ヴィジョンは17×10cmの縦長タイプ。こちらのEAジップのバージョンが出ており、最近のミニ財布のブームを反映しているように見える。もっとも正規のエルメスユーザーが、手帳と財布を兼ねて使うような不作法は好まないと思う。
グローブトロッターは19.5×14.5cmの大型サイズ。中央の留め具も2本に増えるので、リフィルを2セットできる仕組みだろう。何となく名前がイギリスの高級スーツケースみたいでロマンがある。
アジャンダカバーではスメニエの23×18cmが最大サイズだが、ここまでくると革の使用量も半端ないので定価15万を超える。それでもエルメスのバッグ製品に比べれば安いといえる商品ジャンル。世界でも類まれな革の品質を満喫するには、リーズナブルなお買い物かもしれない。
ノートカバーのユリスシリーズ
手帳カバーのほかに、ユリスというノートカバーのシリーズも各種サイズ取り揃えてある。革を折り返した留め具があり便利そうだが、これのリフィルはスナップボタンで留める独自方式。
何となく、模倣品や他社リフィルの流用を防ぐための規格に見える。予想通り最小のミニサイズの一番安い白紙タイプでも、定価4千円以上した。スナップボタン自体は一般的なものに見えるので、東急ハンズの手芸コーナーやユザワヤでパーツを買えば自作できると思う。
気合を入れれば、ユリスのリフィルノートもカスタムできそうだ。しかしこれのカバーはそもそも表紙を挟む折り返しのない、トラベラーズダイアリーと同じ一枚革方式。せっかくなので今回はつくりがしっかりして見える、手帳型のアジャンダを選ぶことにした。
バタフライストッパーと純正ペン
アジャンダの手帳カバーで旧製品には、バタフライストッパーが付いているバージョンもある。しかも標準的な革ループ2本でなく、あえて3本がっちり支持するところが高級品らしい。
カバンの中で勝手に開くのを防止できる便利な機構だが、その分、手帳を開くのにワンアクション必要になる。これ以外にペンホルダーらしきものがついているモデルはないが、リフィル側にペンを取り付けた方がスマートに見える。好みによると思うが、一瞬で手帳を開ける便利さを優先して、ストッパー付きのアジャンダは選ばなかった。
さらにホルダーに合わせたサイズの、純正ペンまで売られていたようだ。シャーペンの方は一般的なノック式でなく回転繰り出しタイプなのが気になる。純銀製なので、中古品は激しくさび付いて見えるものが多いが、磨けば光沢は復活するだろう。
ミニペンとはいえそこはエルメスなので、中古でもやはり数千円はかかる。極小ペンというジャンルが好きなので、カランダッシュや国産メーカーの良品を何本も買い集めたところ。とりあえずそれらの組み合わせを試してから、純正品の調達を検討することにした。
独自機構が気になる手帳カバー
バッグのような普及品だと、別にエルメスでなくても同等の革を使った大峡製鞄や、他ブランドの良くできた商品が存在する。しかしアジャンダの手帳カバーとクリップ機構、およびGMの手ごろなサイズ感については、エルメス以外で類似品を見たことがない。
もし文具道を究める覚悟の手帳通なら、一度試してみる価値のある商品だと思う。最小サイズの中古品なら、運がよければ5千円くらいで手に入る。