ブックオフコーポレーションの株主優待でもらえる買物券は、そこそこ利回りがよい。3年以上の継続保有で金額もアップするので、長年キープしている銘柄の一つだ。
あえてブックオフで買うなら
本といえば、仕事用に急ぎで必要とかでなければ、まずは古本を探す。15年くらい前は、東京都古書籍商業協同組合が運営する「日本の古本屋」というウェブサイトをよく利用していたが、今ではアマゾンで普通に古本を変えるようになった。しかも送料込みでも実店舗で買うより安い。
ブックオフで本を買うのは、ほとんど株主優待を消化するときだけになってしまった。「立ち読みできる」というのは魅力だが、たいてい欲しいと思う本は置いていない。町田のメガブックオフだけは大型書店並みの品揃えなので別格だが、それ以外の郊外モールにある中規模店舗ではマンガやゲームの方が揃っているという印象だ。
あえてブックオフで買うなら「数年前くらいに出たそこそこメジャーなタイトルで、アマゾン中古品との価格差がそれほどない」というのが狙い目だ。新しすぎると在庫がないし、古すぎるとアマゾンの方が格安になる。
ペイパルマフィアの起業指南書
なんとなく本棚で目について買ってみたのは、ピーター・ティールの『ZERO to ONE』。3年くらい前に日経新聞の下の広告欄に出ていた記憶がある。
著者はPayPalの創業メンバーで、いわゆるペイパルマフィアの一員。その後ベンチャー向けのファンドを運営して、FacebookやスペースXにも初期段階から投資している。おそらく日本で知られているより、米国では有名人なのだろう。
ベンチャー投資家が書く起業家向けのビジネス書はごまんとあるが、哲学や現代思想からの引用も多く、著者は頭がいいんだろうなと思う。ベンチャー業界に関わる前は、スタンフォードのロースクールを出て法曹を目指していた超エリートだったらしい。
同じペイパル創業者のリード・ホフマンが書いた本もあったと思うが、全然内容を覚えていないのでおもしろくなかったのだろう。本書もあまり期待せず流し読みしたが、わりと印象的なフレーズがいくつかあった。
リーンスタートアップ批判
『ZERO to ONE』の特徴を1つ挙げるとすれば、エリック・リースの『リーンスタートアップ』を強烈に批判しているという点だ。2012年に流行って、その後「リーン○○」や「ピボット」という用語がバズったのは記憶に新しい。フレッシュネスバーガーの1号店にも、なぜか英語の原著が置いてあった。
トヨタ式「改善」のITベンチャー版という感じで、日本人への受けがよかったのだろう。通常、ベンチャー経営とは対極にあると思われそうなPDCAサイクルを地味に回すとか、MVA(実用最小限製品)という概念は新鮮に感じた。『ビジョナリー・カンパニー』シリーズのジム・コリンズのような、手堅いマネジメントをベンチャー業界に持ち込もうという観点は新しかったと思う。
一方、本書でピーター・ティールが批判しているのは、「リーン・スタートアップが称賛されすぎて、それ自体が目的になってしまっている」という現状だ。リーンな開発手法はあくまで手段の一つであって、小さい改良を積み重ねるだけではiPodのような革新的な製品は生まれない。
iPhoneでトイレットペーパーを注文するための最適アプリを作ることはできるだろう。でも、大胆な計画のない単なる反復は、ゼロから1を生み出さない。
最近の小ぶりなベンチャー批判
確かに、最近まわりの若い人から相談を受ける起業ネタも、どこかで聞いたようなシェアリングサービスとかニッチな話題が多い。ベンチャーとして最初に狙うマーケットが小さいのはいいことだが、果たしてそこからグローバルなビジネスに成長できるスケールメリットがあるかどうかというと、話は別だ。
ビジネスプランのコンテストとか、学生が社会勉強として起業に取り組んでみるにはいいかもしれない。だが、優秀なCEOやエンジニアがトイレットペーパーのシェアリングサービスを何年もかかって開発するというのは、機会損失にしか思えない。むしろ「紙のいらないトイレ」とかの開発を目指した方が0 to 1。社会的なインパクトは大きいといえる。
もちろん、2000年前後のドットコム・バブルや 2006年のライブドアショックを経て「大言壮語せずに生活に密着したサービスをブラッシュアップしていく」というのが、できるIT起業家のモードになった背景はある。ティールが憂慮しているのは、それが行き過ぎてしまったということだ。
次世代の企業を築くには、バブル後に刷り込まれた教義を捨てなければならない。…むしろ、こう自問するべきだ。ビジネスについて、過去の失敗への間違った反省から生まれた認識はどれか。
皆が効率的市場仮説を信じている状況では、逆にアクティブな投資家が有利になる。株式市場のバブルとの類似性も考察されているが、まさに今、日本のベンチャー市場は、チャールズ・エリスがジョークを言ったような、逆張りしやすい状況といえるのかもしれない。
誰もが第二のグーグルを求めている
そういう時代の揺り戻し、経営理論の流行り廃りという意味で、リーン・スタートアップと並べて読むとおもしろい本だ。少なくとも、クライオジェニックとか火星移住とか本気で考えている変人の話は刺激になる。
「競争とはイデオロギーであって、超過リターンが消失するマイナスサムゲームにすぎない。成功するには独占するしかない」と言い切るところも、イーロン・マスクのXドットコムとペイパルを合併させた、ティールらしい発言だ。
起業家が大人しくなったとはいえ、投資家としてはやはり第二のグーグルやフェイスブックが出てくるのを期待しているのだろう。「紙のいらないトイレ」よりさらに進んで「一生トイレに行く必要がない薬」とか発明してくれるベンチャーも世の中には必要だ。
成功の方程式はない
もちろん、トイレのシェアが喜ばれるローカルなマーケットもどこかに存在するだろう。本書がすべてのベンチャー起業家に役立つかというとそうではなく、あくまで「ティールのファンドから出資を受けるなら」という前提で、推奨される思考法が紹介されている。
中盤以降はありきたりの起業家向けフレームワークで、終盤のシンギュラリティ概念とかアメリカの有名人の分析は、いったい何を言いたいのかわからなかった。
この中に成功の方程式はない。そんな方程式は存在しないのだ―起業を教えることの矛盾がそこにある。
と冒頭でティールが白状してあるとおりだ。マネージャーより起業家・発明家を持ち上げる風潮は、古き良きアメリカンドリーム、アイン・ランドっぽいと思って読んでいたら、やはり最後に引用があった。
どう解釈するかは人次第
0から1…スタートアップ本来の醍醐味を考えると、ティールが称賛するテスラとか、もっとぶっ飛んだベンチャーの方が、見ていておもしろい。ただし、リスクをとって自分でやるかどうかとなると話は別だ。本書で一番印象に残ったセリフは「今は、起業する人が多すぎる」
自分はこの本を読んで、正直また起業したくなるというよりも、ベンチャー経営から足を洗ってよかったと思った。とてもじゃないが、ティールが認める基準には到達することができない。
逆に今10代とか20代の人は、ぜひこの本を読んでがんばってほしいと思う。NISAで節税するとかiDeCoで年金を積み立てるとか考えるより、期待リターンは高いだろう。