学生の頃、海外を放浪していて泊まる宿がなかった日がある。ユースホステルは満員、他の宿だと見た目がみすぼらしすぎるのが、それとなく宿泊を断られることがある。
何度か野宿する羽目になったが、ベネチアなどヨーロッパの観光都市だったので、まだましだったかもしれない。今思えば、強盗にも遭わずよく無事に帰って来られたものだなと思う。
海外旅行で段ボールハウス
ロンドンは夏でも寒かったが、教会の中庭で一夜を明かすことになった。道端に落ちていた段ボールにくるまってみると、冷たい風をしのげて快適である。寝袋はないが、地面から伝わる冷気も多少防ぐことができる。
当時の写真を見ると、サムスンの液晶モニターか何かの箱のようだ。都合よく同サイズの段ボールが見つかったのはラッキーだった。
何度か野宿しているうちに気づいたが、家やホテルはシェルターとして雨風をしのぐ以外に、プライバシーを確保するという機能もある。欧米の先進都市で不潔なアジア人が寝そべっていると、どことなくいかがわしいイメージがある。
社会的に認知された「ホームレス」のカテゴリーにも属さない浮浪者には、スキャンダルの臭いがつきまとう。不穏分子として、通報されたり補導されるのがオチだろう。
段ボールでカモフラージュできる
フランスの田舎町で線路を横断したら、訳もわからず罰金を取られたことがある。そういうガイドブックにも載っていないローカルルールに気をつけるなら、見た目だけでも現地の人になり切る方が安全だ。
上の写真をよく見ると、柱の下の快適なスペースには別の段ボールハウスがある。おそらく雰囲気的にこの界隈はホームレスに寛容なエリアだと感じて、自分も宿を定めたのだろう。
段ボールさえかぶっていれば、世界共通でお金のない野宿者と認識されるのは便利だ。人種や国籍をカモフラージュできるので、「非常時には段ボールをかぶる」と覚えておけばまた役に立つこともあるだろう。
野宿で培った生活の知恵
気ままな野宿が癖になってしまい、国内旅行でも宿代を節約したいときは段ボールの家をつくるようになった。しかし真冬の時期は耐えられないくらい寒いので、家を放棄して一晩中ほっつき歩いたり、無料の温泉に浸かっていたりする。
鳥取の三朝温泉は川べりの無料風呂で有名だが、自分にとっては3月の寒い夜に一晩明かした思い出の場所だ。楽しい露天風呂だが、のぼせず体を冷やさないように出たり入ったりして数時間過ごすのは、なかなか苦行である。
段ボールもアスファルトに敷くと背中が冷えて厳しいので、できればテントといわずともアウトドア用のマットだけは常備しておきたい。東京や名古屋で野宿する時は、高層ビルの植え込みの隙間がわりと快適だが、夜間も警備員が巡回するので気をつかう。
新宿駅の地下道は昔からホームレスのたまり場として有名だが、うろついていると「仕事を紹介する」とか絡んでくるオッサンが多いので居心地はいまいちだ。
段ボールによる空調の局所制御
軽自動車の1BOXカーで車中泊しながら、荷台の空調環境をピンポイントで制御するのに段ボールが有効でないかと思った。タスク&アンビエント照明のように、自分の身の回りだけコンパクトに保温性を高めるのが効率よい。雨風は車の外装で防げているから、防水性より断熱性重視の安い材料でいい。
アート作品としては道端で拾った段ボール箱の方がメッセージ性がありそうだが、実用的には新品段ボールを組み立てた方が気分がいい。東急ハンズで探した定型サイズは500円程度で買えるし、郊外のホームセンターならもっと安いだろう。
住宅用の断熱材も思いついたが、スタイロフォームは値段が張るのと、折りたたみ収納のコンパクト性、廃棄の際のリサイクル性を考えて標準的な段ボールを選んだ。
サイズ違いで伸縮する独自機構
段ボール箱をそのまま筒状に連結してもよいのだが、何となくサイズを変えて望遠鏡のように伸縮するデザインを思いついた。寸法のあたりをつけて、内部をくり抜き、伸ばした際に外れないようストッパー機構も設けた。
加工はカッターと布テープだけで済む。下側はすのこや断熱シートを敷く予定なので、段ボールは張らなくてよい。継ぎ目から隙間風や冷気が入って来ないように、引っ掛ける糊しろを設けてなるべく精度よく組み立てた。2時間くらいの作業時間でイメージ通りのものが仕上がった。
使わない際はこのように、一番大きな箱の中に入れ子状に段ボールを収納できる。もっとも折りたためばもっとコンパクトになるので、これがベストな形だったかどうかはわからない。
防寒のため中に寝袋を入れようとしたが、寸法をタイトに作り過ぎて収まらなかった。寝がえりを打つのにも不便な大きさなので、スペースが許せば幅と高さはもう2倍くらい確保したいところだ。
断熱アルミシートの方が便利だった
車に入れてみた感じはまずまず。キャンピングカーのような断熱性はおろか、内張りさえ合省かれている商用車なので、夜間の荷室は冷える。車内の段ボールハウスにくるまることで、局所的に気温をコントロールできるのは目論見通りだった。
一方で、収納時に意外とかさばるのがやはり問題になった。加えて真冬の氷点下では、段ボールでは間が持たず、分厚い寝袋にくるまる必要がある。結局、寝袋2枚とアルミのサバイバルシートで極小テントをつくることで、就寝時の気温を確保することができた。
アルミシートは水を通さないので自分から出る水分でベタベタになるのが欠点である。その点では多少吸湿性がある段ボールの方が有利といえる。ゴアテックスのような高機能素材を使えばさらに改良できるだろう。
アート作品に見えないこともない
道端に置いてみると、高級な彫刻作品のように見えないこともない。白く塗ればマレーヴィチのアーキテクトンのようだ。我が家はスローターハウス54。
昼間はコンパクトに収納して、中に生活必需品を入れつつ運搬する。夜になったら芋虫のように伸ばして最低限の睡眠スペースを確保する。段ボールでなく、もっと張りのある断熱素材で作って、キャスターを付ければさらに便利になるだろう。
時期的に外で寝るには寒すぎて断念したが、車中泊ではしばらく使用していた。飽きて捨てる際も、分解して資源ごみに出せるのは楽だ。ハードな野宿用でなくても、オフィスの中の仮眠スペースとか使い所は他にもありそうだ。
「狭いところが落ち着く」という人は、一度家でも段ボールで寝てみると発見があるかもしれない。窓から降りてくる冷気を防いだり、局所的な室温調整効果は期待できる。
禅僧が使うかしわ布団のように、段ボールハウスは費用対効果の高いインナーテントとみなせる。震災で避難したり、いざというときのサバイバルテクニックとして、段ボールにくるまって眠れる図太さは養っておいた方がいいだろう。