映画『さよなら渓谷』レビュー、訳アリ夫婦の奥多摩温泉旅行記

Amazonプライム特典のプライム・ビデオで、映画が見放題であることがわかった。 ざっと見わたして、邦画の方がライセンスが緩いのか、作品がそろっているように思われる。最近の作品から『さよなら渓谷』を選んで観てみた。

何となく気になっていた映画だが、予告編がエロそうだったので、電車で移動中にタブレットとかで観るのはためらわれた。以前『ノルウェイの森』を新幹線の中で観て、ひんしゅくを買ったことがある。

アマゾンでストリーミングできるのは、わざわざツタヤやゲオに借りに行って、店員さんとコミュニケーションしなくてよいしい、DVDを返す手間が省けるのもうれしい。

(以下ネタバレ)

予告編ですでに明かされている内容

原作は芥川賞作家の吉田修一の同名作品。原作は読んでいないが、主人公夫婦が暮らし始めた経緯は伏せられているらしい。映画版では予告編からばらされている。「ごく普通の夫婦。ふたりは 15年前に起きた事件の被害者と加害者」…

どっちが被害者でどっちが加害者?とか、いろいろ気になる前振りだった。暗そうな映画だが風景もきれいそうで、暇になったら観てみてもよいかなと思っていた作品だ。

簡単にあらすじをまとめると以下のような感じ。野球部の大学生に集団レイプされた女子高生が、その後、行く先々で不運な目に遭い、何度か自殺未遂して失跡するまで落ちぶれる。加害者側の男性1人と再開して、「良心の呵責」というだけでは説明できない謎の理由で、仕事も婚約者も捨てて被害者と同棲生活を始める(入籍はしていない)。隣家の殺人事件の取材で出会った週刊誌記者が夫婦に興味を持ち(記者自身も夫婦生活に問題を抱えている)、徐々に過去が明かされ、元被害者妻がすべてを語ったあとに家出する。

メンヘラ女に振り回されつつも離れられない男、という展開で、なんとなくポーラXのような衝撃的な結末を予感していたが、そんなことはなかった。誰も死ななくてよかったね。

よく考えると合理的に思われる夫婦関係

最近アホな時代劇とかアクション映画しか観ていなかったので、なかなか作品の世界に入っていけなかった。もうちょっと若ければ「男女の関係は奥が深い…」と、しみじみ考えられたと思う。ドS嫁にネチネチ復讐されながらも無言で耐えるドM旦那を見ながら「もうやめときゃいいのに」と何度も思った。

妻に「隣の殺人犯とできていた」とか警察に密告されて、嘘と知りつつも容疑を認めるとか、意味不明だ。「不幸になるために一緒にいる」という動機が理解できない。だが、そのわけのわからなさを不自然に感じさせないのが、この映画のすごいところだ。

客観的に考えると、この夫婦が一緒に暮らすのは案外合理的なのかもしれない。

  1. 元被害者の女性Aは、過去の事件が原因でまともな男性と結婚できない。そういう陰のある女性を好むタイプにはもてるが、職場いじめとかDVとかで結局ろくな目にあわない。あの事件のせいで人生を狂わされたと思っている。
  2. 元加害者の男性Bも、事件が原因で野球部も大学も中退。コネで入社した証券会社では、嫌な上司や顧客に囲まれうんざりしている。事件のことで今も気を病んでいて、なにをやってもおもしろくない。
  3. 世の中の男性でAの心境を一番理解しているのはBであり、2人の間で過去の事件は了承済みであり問題にならない。BはAのわがままを聞いて経済的に養うことで、事件の償いになると考えている。なのでAとBが一緒に暮らすことは理にかなっている。

妻かな子の設定はわりと単純というか、DVで入院の上、自殺未遂で精神病院入りとか安易すぎると思われた。病院シーンに激やせで登場する真木よう子の演技はすさまじいが。それよりも興味深いのは夫、尾崎俊介の設定だ。

元加害者に、事件の後遺症かどうかは別として、マゾヒスティックな破滅願望があるように見える。むしろ男性側の異常心理が原因で、元被害者のサド行為が要請されているように思う。かな子と再会したことで、つまらない仕事をやめる理由ができたと内心喜んだことだろう。あんな感じで不倫失踪されては、会社も家族もたまったものではないが。

夫役の大西信満は劇中ほとんど無言だが、セリフのない演技はきわめて難しいといわれる。下手なテレビドラマほど、登場人物交互に映す単純なカット割りで俳優によくしゃべらせるものだ。役者のセリフが少ないのは、高度な演出がなされているか、大根なのでしゃべらせないのが無難という配慮のどちらかだ。

まあ、どんな夫婦でも、アルコール依存症ではないが共依存な関係が多少はあるような気がする。その意味では、本作に出てくる二組の夫婦も「憎しみ合いながら我慢して暮らす」というのは典型的なパターンかもしれない。

脇役の演技もすばらしい

ストーリーの進行役を務める記者役の大森南朋も、いい味を出している。冒頭のヌードシーンでは、さえない中年を体型で表現するため、脂肪を蓄えて役作りしたように思われる。『ハゲタカ』シリーズの鷲津政彦や、『龍馬伝』武市半平太役での切れ者ぶりが印象に残っているが、本作でも名演だった。

同僚の女性記者役、鈴木杏も働きマンっぽい活躍ぶりで期待したのだが、終盤は出番がなくて残念だった。記者の妻役、鶴田真由は冒頭からきついシチュエーションの熟年夫婦をうまく演じていたが、途中からなんで仲直りできたのか、説明がなくて解せなかった。

ロケ地が奥多摩~日の出町だった

あてどもなく電車で旅した終着駅、バスで行き来する山間の渓谷など、この世の果てに流れ着いたという感じだ。

ロケ地はなんとなく『萌の朱雀』の舞台にもなった、奈良の南の紀伊山地あたりな気がした。しかし終盤の温泉施設から夫婦が出てくる場面で、ロケ地が判明した。奥多摩の「もえぎの湯」…とすると、終着駅は奥多摩駅だ。

新宿から中央線と青梅線を乗り継いで2時間くらいでたどり着ける都心に近い田舎。檜原村という都内唯一の「村」を擁する奥多摩エリアは、週末ともなれば登山客や走り屋でごった返す観光地。途中で出てくる渓谷の川原も、多摩川の源流だろう。舞台が東京都だと思うと、それほどドラマチックな感じもしない。

エンドクレジットで日の出町も出ていたので、どうせなら「つるつる温泉」で撮影すればいいのにと思った。さすがにローカルなスーパー温泉の雰囲気が強すぎて、雰囲気ぶち壊しになるだろう。訳ありカップルが「生涯青春の湯」から出てくるとか、昼ドラを通り越してコントになってしまう。

全体的に暗いが少しだけ清涼感を覚える不思議な映画

レイプとかDVとか自殺未遂とか、きついエピソードのオンパレードなのだが、奥多摩の大自然のおかげか、ちょっと爽やかな気分を味わうことができる。会社を辞めて渓谷で美人妻と暮らすのも、案外悪くないと思わせる一面もある。

一部の人は生理的に猛烈に受け入れられないかと思うが、あえてこういうテーマに取り組むのが文学作品なのかと思う。村上春樹が好きな人はいかにも気に入りそうな映画だった。