Evernoteに日記やメモを書くようになっても、たまにはアナログな筆記具で文章を書いてみたくなる。いや、時々は意識して筆を持つようにしないと、腕の筋肉がなまったり、漢字の送り仮名を忘れてしまったりしそうな不安を覚える。たまに書類にサインするときなど、自分の名前や住所すら、うまく書けなくなってしまったと感じるときもある。
これまで多くの筆記具を弄んできたが、最終的に落ち着いたのはカランダッシュのエクリドールXSシリーズだった。10cm程度の極めてコンパクトなボディーに、実用的な機構とさりげなく精巧な装飾が見事に収まっている。ミニマリストとしてはマルチペンのような多機能筆記具にも魅力を感じるが、操作が不便で筆記時にカチャカチャいう煩わしさも経験して、筆記具は単機能に限ると悟った。
掌に収まる極小サイズでありながら、かゆい所に手が届く実用的工業製品。繊細な彫刻とロジウムメッキで工芸品のような趣も感じさせるスイスの銘品。カランダッシュ・エクリドールXSシリーズの魅力について語ろうと思う。
10年間使い続けて、ますます愛着が湧くXSシリーズ
最初はミニ5穴のシステム手帳用に差すためシャープペンシルを買い求めたが、何度か修理を繰り返して10年使い続け、昨年同じシリーズのボールペンと万年筆も買い足した。エクリドールのシリーズは軸表面の模様に多くのバリエーションがあるが、シャーペンはレトロ、ボールペンはシェブロン、万年筆はマヤの柄を選んでみた。最初マヤ柄は派手かと思ったが、フランク・ロイド・ライト風で徐々に気に入ってきた。
エクリドールのXSサイズはすでに製造終了で、最近は伊東屋限定でレトロ柄のボールペンしか売られていない。アマゾンでも割高な並行輸入品しか出回っていないようだ。
最初にシャーペンを買ったときは、円高の時期で1万円程度で入手できた記憶がある。その後、国内・海外の通販サイトを調べ尽くして、なるべく安く、希望の柄のボールペンと万年筆を入手した。万年筆のペン先は在庫がなく、少し太めのMしか選べなかった。
絶妙な長さ・太さ・重さと転がらない六角形軸形状
XSシリーズの特徴はなんといってもその短さだ。システム手帳最小規格のミニ5穴に差してもはみ出ず、スーツの胸ポケットにも違和感なく収まる。打ち合わせの時に持てば手のひらに収まるサイズで、見た目も邪魔にならない。
似たような手帳向けのミニボールペンに比べると、XSはエクリドールの通常サイズと同じ太さで、しっかりとした握り心地がある。この太さと適度な重みのおかげで、男性の手で握って長時間筆記しても疲れることがない。しかもカランダッシュ独自の六角形断面にクリップ付きで、机の上で勝手に転がることもない。
プラチナコートで、同価格帯のファーバーカステル・ポケットペンも魅力的だ。
しかしやや細身の円形断面で、スクリュー型のキャップ式のため、次の理由で自分の検討候補からは外れる。
ボールペンがノック式で「音がしない」
昔から高級筆記具は好きだが、回転式のボールペンにはいつも馴染めない。たまにクレジットカードのサインのため、お店で渡されても芯の出し方がわからずあたふたするし、他の人に自分のボールペンを貸す時も、回転式だと戸惑わせてしまうと思う。
書く動作に移る前に、いちいち両手でつかんでキャップを回さなければならないのは煩わしい。そんな儀式めいた作業をするより、頭に浮かんだアイデアをさっと書き留めたい。その点では、ノック式の安いボールペンの方が人間工学に適っていると思われる。
今でも高級筆記具で回転式キャップがスタンダードなのは「カチカチするノック音がしない」という消極的な理由があるようだ。確かに打ち合わせの途中で、ボールペンを何度もカチカチ言わせるのは耳障りだし、相手の話し中にペン先をしまうと「もうそろそろ終わりにしましょう」というメッセージを伝えているようで、失礼な気がしてしまう。
実用上、ボールペンはキャップレスのノック式以外あり得ないと考えているのだが、カチカチ音が何とかならないものかと悩んでいた。そんな時、カランダッシュの廉価な849シリーズを使っていて何か不思議な感覚を味わった。ノック式だがカチカチ言わない…いや、かすかに「クシュッ」とバネが軋む音はするが、「カチッ」というあからさまなラチェット音がしないのだ。
気になってカランダッシュの諸製品を調べたが、普及価格帯のフロスティーからミドルレンジのアルケミクス、高級ラインのレマンやバリアスまで、ボールペンはすべてノック式で音がしない。まさに自分が悩んでいたノック式の実用性と静粛性を両立させた、カランダッシュの先見性に敬意を表したい。10万円の中国本漆のボールペンがノック式だなんて、他ブランドではあり得ない設計思想だろう。
ペリカンのスーベレーンK405に置き換わった
実はエクリドールXSのボールペンに替えるまでは、ペリカンのスーベレーンK405を使っていた。特に万年筆の評価の高いスーベレーンシリーズで、ぎりぎりボールペンがノック式に留まっているのが400の型番だ。これより上位の機種はすべて回転式キャップに変わってしまう。
スーベレーンの400はクリップや金具の色がゴールドだが、405の方はシルバーなので自分の趣味に合う。胴体はプラスチックの樹脂で軽く、大きさもそこそこコンパクトで気に入っていたが、やはりノック音がうるさいのが悩みの種であった。数年使い込んだが、残念ながら外出中になくしてしまい、これを機にボールペンもエクリドールXSに揃えようと思った。
4Cリフィル使用可能ということは…
ボールペンの軸が短く使えるリフィルが気になるところだが、エクリドールXSはマルチペンで標準の4C規格に準拠している。4C互換ということでピンとくる人は鋭い。そう、国産優良インクのジェットストリームが使えるのだ。
ペリカンのK405はパーカー互換だったので、OHTOのゲルインク替芯など試してみたが、ニードルポイントでペン先が細くなるのが、やや不格好であった。海外製の高価な油性インクもいろいろ試したが、インクフローやかすれ具合など総合的に評価して、やはりリフィルは国産に限ると悟った。
カランダッシュのボールペンは独自のゴリアットリフィルで有名だが、書き出し時に少しかすれるのが気に入らなかった。カランダッシュはパーカー互換でないので、サードパーティー製のアダプターを使わないと他社製リフィルが使えないのだが、エクリドールXSなら4C互換でジェットストリームがそのまま使えるという、いいことづくめである。
ジェットストリームのボールペン替え芯SXR-200-05/07、ボール径0.5mmと0.7mmを両方試したが、XSには問題なく装着できて筆記時のがたつきなど不具合も見当たらなかった。
ジェットストリームの4Cリフィルは金属製で品質も高いのだが、その分値段も張って1本税込み208円である。個人的には0.7mm径の方が思い切り書きなぐれて使いやすいが、インクフローがよい代わりに容量の少ない4Cサイズなため、恐ろしく短時間で消耗するのが難点である。
万年筆のキャップがネジでなくはめ込み式
エクリドールXSの万年筆も、ありがたいことにキャップが螺子式でなく嵌合式である。万年筆としてはペン先の乾燥を抑えるため、ネジ式の方が密閉性に優れているようだが、個人的には上記の理由で、はめ込み式の方が好みである。
XS万年筆のカートリッジは欧州共通規格。インクはレシーフのブルーブラックを入れている。これまで同規格のペリカンやカヴェコのカートリッジも試したが、レシーフの10本入りはなぜか他より半額くらい安くて、品質も悪くないので重宝している。本記事で使っているノートはDELFONICSのロルバーン。
筆記中にちょっと考え事をして筆を休める時も、インクが乾かないか気になるので、こまめにキャップを閉めてしまう。そんな時にはめ込みスナップ式だと、ワンタッチでキャップ着脱できるので便利だ。
男にとって筆記具は武士の刀と同じである。いざという居合の局面で即座に抜刀できなければ役に立たない。最近、痴呆が進行して、道端で素晴らしいアイデアをひらめいても、3秒以内に手帳に書き留めないと忘れてしまう癖がある。
キャップをお尻に装着して筆記時の重心調整できる
万年筆のキャップを外すと、ボールペンよりさらに短く、実測9cmジャストの長さになる。こんなサイズで字が書けるのかと思うが、不思議と何とかなるものだ。自分は男性としては標準的な手の大きさだと思うので、女性であれば問題なくフィットするだろう。
この万年筆のキャップは端部に装着して、筆記時に軸を長くできる仕組みになっている。しかし、長年XSを使い慣れてきたせいか、自分にとっては重心が上がって、かえって使いにくいと感じる。
万年筆をよく観察すると、ボディーとキャップの長さがほぼ同じである。ペンとして使用する上では特に意味がないが、見た目的からして幾何学的な美しさがにじみ出ている。
ペン先はMサイズで、F/Mと比較したわけではないが、フローはやや多めで小さい字は書きにくい。その分、インクの濃淡を楽しめるので、万年筆としてはちょうどこのくらいの方が楽しめるかもしれない。
万年筆のペン先は有償・スイス預かりで交換可能
昨年、カランダッシュの公式サイトから問い合わせたところ、ペン先は7,000円、ペン先ユニット丸ごとは12,000円、3ヵ月のスイス作業で交換可能との回答だった。さすが、高級品だけあって、アフターサービスもしっかりしている。
手持ちのXSシャーペンは、手帳に差してハードに使い込んでいることもあって故障も多く、10年間ですでに2回はスイス送りの修理を経験しているが、問題なく復活している。さすがに何度も落として傷だらけになり、表面のロジウムコートも剥がれてきたが、修理の際、クリップだけ新品に交換されて帰ってきたりと、サプライズもあった。
ミニマリストでもあえて持ちたいものがある
普段、他で節約しまくっているので、たかがシャーペンやボールペンに1万円以上お金をかけるのは矛盾しているように思う。服や持ち物も徹底的に処分しているので、メモを取る程度なら安い100均ボールペン1本で十分、万年筆など不要な贅沢品だと考えていた。
しかし、文房具や腕時計のように個人的なこだわりが強すぎるアイテムは、一番お気に入りの品物を早めに揃えてしまう方が、あれこれ目移りしなくて悩みを減らせるのではと思った。おかげで、雑誌やネットで紹介される新製品は一応チェックするが、何年も検討・使用して有用性を実感した品物が手元にあるので、滅多なことでは買い換えたいと思わなくなった。
ミニマリストとして「どこまで生活を切り詰められるか」という問いに一般解はない。個人的に「ここまでなら快適、許容範囲」という様々な線引きが存在するのだろう。自分にとっては、日ごろ手に触れる道具もすべて安物で済ませるというのは少し寂しく感じる。熟慮して価値を理解している製品なら、多少高くてもメンテナンスしながら長く使っていくのがQOLの向上につながると判断した。
カランダッシュのエクリドールXSは、実用性と所有欲をどちらも満足させる稀有な製品だ。今後も修理可能な限り、末永く使い込んでいきたいと思う。