世間的に「トライアスロンは富裕層の趣味」と思われている節がある。
テレビや雑誌で有名人が取り組む姿はたまに紹介される。しかし、まわりで実際にやっている人はめったに見かけない。道具にお金はかかりそうだし、海外のレースに出る費用というのは想像もつかない。
しかし10年近くこのスポーツをやってみた感想としては、そこまでお金をつぎ込まなくてもトライアスロンは続けられる。金銭的な敷居が高そうに見えるのはメディアや広告のせいで、見栄を張らなければ並みのロードバイクでも十分に通用する。
JTUのアンケート調査から浮かび上がってくるトライアスリートの実像とは、「ちょっとお小遣いの多い普通の会社員(そして公務員が多い)」という姿だ。医者や弁護士、会社経営者も中にいるが、レース参加者は決してセレブな人たちばかりではない。
大会参加者の過半数は会社員
トライアスリートに多い職業について、JTUから興味深い資料が公開されている。2013年の動向調査によると、横浜・佐渡大会における参加者の職種トップ3は以下のとおり。
トライアスリートの職業(上位3種、2013年)
横浜大会(ショートディスタンス)
- 会社員 64%
- 経営者・管理職 12.6%
- 公務員・非営利団体職員 8.8%
佐渡大会(ロングディスタンス)
- 会社員 52.5%
- 公務員・非営利団体職員 18.7%
- 自営業 7.2%
JTU「トライアスロン動向調査(2013年9月)」より
どちらの大会も普通の会社員が過半数を占めている。経営者や管理職、自営業・自由業というのはむしろ少数派だ。
ただし経営者や役員でも広義の会社員と考えられるし、士業やフリーランスでも法人化していれば会社員(または経営者)といえる。説明するのが面倒なので、この手のアンケートでは単に「会社員」と書く人もいるだろう。
結果を見て意外だったのは、2~3位を公務員・非営利団体職員が占めている点。確かにレースで知り合う人の中には、自衛隊や市役所に勤めている人もいる。自衛官や消防士であれば、トレーニングも仕事の一環といえる。基礎体力も高く、競技に向いているのだろう。
自由裁量所得は全国平均の2倍近く
JTUの資料には、レース参加者の「自由裁量所得」というデータも掲載されている。月額の平均値で、横浜44,566円、佐渡37,533円という結果だった。
NTTコム リサーチが公表している全国平均は24,096円なので、それよりはずいぶん高い。男性が9割近く、30~50代の年齢層がボリュームゾーンという母集団の偏りを差し引いても、トライアスリートのお小遣いは全国平均を上回る。
単刀直入に「年収・年商」という指標の方がわかりやすいが、所得の高い人は何らかの節税策も行っているだろう。「自由裁量所得=毎月、自由に趣味などに使えるお金」と直感的に解釈すれば、この結果はかなり正確な気もする。
内訳として「10万円以上」と答えている人が1割以上いる。2か月も貯金すればカーボンホイールが前後セット買える金額で、さすがにこれはうらやましい。もしかすると、一部の高所得層がアンケート回答の平均値を引き上げているだけかもしれない。
逆に「1万円未満」というつつましい金額を申告している人も2.7~5.1%はいる。地元の人でもなければ、レースの参加費と旅費だけで年間予算を使い切ってしまいそうな金額だ。どうやってバイクの維持費を工面しているのか不思議に思う。
必要なのはお金より時間
横浜は開催地が首都圏に近いせいもあると思うが、コース距離の長い佐渡大会の方が参加者の所得は低い。そして後者の大会は公務員やNPO職員の割合がぐっと増える。
そこから見えてくるのは、「トライアスロンを続けるのに必要なのはお金でなく時間」という仮説だ。
スタンダードディスタンスの横浜より、ロングディスタンスの佐渡の方が練習や装備に投資が必要そうだが、参加者の所得はむしろ減っている。
そして公務員が多いということは、「勤務時間が規則正しく、練習時間を取りやすい」ためではないだろうか(職種や部署によっては深夜残業や休日出勤が多いかもしれない)。
それに比べると、経営者・管理職は時間の自由度が高そうに見えて、不規則に長時間働いていそうなイメージがある。役員は労働基準法の適用外で、有給休暇という概念もない。
トライアスロンの練習は時間がかかる
ロングのレースに出るような人なら、毎日1~2時間は何かしらのトレーニングを続けているだろう。総合順位を上げるためには、3種目まんべんなく練習するのが望ましい。故障を防止するためには、地味な筋トレやストレッチも欠かせない。
そして週末はバイクのロングライドに終日を費やす。佐渡大会に出るレベルなら、毎週ショート~ミドルのブリックトレーニングを続けている人もざらにいるはずだ。
加えて離島のロングレースなら土日も含めてプラス1日、最低3日は仕事を休む必要がある。この点でも休暇を取りやすい仕事が有利といえる。
プロ用機材が高いのは当然
確かにこの競技はウェットスーツや自転車といった、特殊な道具に投資が必要な面はある。最低限シューズや水着があれば間に合うマラソンや競泳に比べて、お金がかかるという点は否めない。
ただし上を目指せば、どんな趣味でも道具にお金がかかるのは同じ。ヨットや乗馬の方が初期投資もランニングコストも高くつく。
それらに比べれば、トライアスロン向けのバイクはまだ節約できる余地がある。レースを完走するために、プロ用の高価な機材が必須というわけではない。
耐用年数を考えるとバイクは高くない
道具の中で、もっともお金がかかるのは自転車。フレームもホイールも本格的なTT仕様でそろえれば、トータル50万は下らない。しかし平均的な価格のロードであれば、実際の耐用年数を考えるとそこまで割高な投資でもない。
趣味レベルで年間走行距離5,000kmもいかない程度であれば、ロードバイクは意外と長持ちする。交通事故の判例で「耐用年数5年」とされた例もあるが、丁寧にメンテナンスすれば10年や20年は平気で持つ。
例えば15万でエントリーグレードの機材を一式そろえて、10年乗り続けたとする。その間、タイヤやチューブなど最低限の消耗品と整備費用に15万かかったとして、トータルコストは30万。均等に償却すれば、年間3万でリースしているようなものだ。
少なくとも車を買うことに比べれば安い。ガソリン代も税金もかからず、保険料も安い。室内保管で場所は取られるが、駐車場代は必要ない。免許もいらず、環境にやさしく、体力増進に役立つと、いいことづくめ。車や電車の代わりに通勤に使うことすらできる。
ロードバイクが高価に感じるのは、1万程度で買えるシティサイクルと比べた場合だ。富士山に登ったり1日300kmも走ったりできるこのマシンは、もはやママチャリとは別の乗り物。使いこなせばコストパフォーマンスを限りなく高められる。
練習にお金はかからない
トライアスロンの日々の練習は、工夫すればさほどお金をかけずに続けられる。
チームに所属したり、スクールでレッスンを受けるというのは、あくまで上級者向けのオプション。公営の温水プールに通えば、スポーツジムの会員になる必要もない。筋力強化も自宅の自重トレーニングで十分。ランニングはシューズさえあればどこでもできる。
バイクのトレーニングも、家から自走すれば食事以外はほとんどお金がかからない。むしろ週末これほど長い時間、低コストで遊べる趣味というのもめずらしい。自治体がサイクリングロードを整備しても、通過交通が増えるだけで経済効果は期待薄だろう。
自由に使える時間が多ければ、それだけ練習にかかるお金も減らせる(24時間営業のジムに通う必要などない)。休みを多く取れれば、離島に向かうのに割高な航空機や高速船を使わなくて済む。レースに必要なコストは、時間を犠牲にすることである程度は減らせる。
公務員アスリートの活躍
トライアスロンというスポーツを続けるために、機材やレースにかかる費用は工夫すれば節約できる。その一方で、練習時間を減らしてレースに必要なパフォーマンスを維持するのは難しい。ロングで10時間以上におよぶ競技時間にそなえるには、やはりそれに見合った練習時間も必要になる。
そう考えると、佐渡大会の統計で公務員比率が2割近くと、全国平均の2倍近くを占める理由もわかる気がする。生活パターンが安定していてコンスタントに練習時間を確保しやすく、大会参加のために休暇を取りやすいという特徴が有利に働いているように思う。
有名人のトライアスリートがメディアで紹介されると確かに目立つ。しかし業界を支えているのは平凡な会社員と、寡黙な公務員アスリートなのだ。