トライアスロンのレース参加費が高いのにはワケがある

トライアスロンのレース参加費は高い。マラソンやロードレースの大会に比べて数倍はかかる。毎年JTUへの登録料が必要という事情もある。

しかし「参加定員が少ない、レース開催にコストがかかる」という事情を考えると、選手ひとりあたりの負担が増えるのは仕方ない。計算してみると、むしろ今の料金でも安すぎるくらいだ。

いろいろな意味で危険な競技なので、「事故防止」という観点からも参加のハードルを上げることに意義はある。調べてみると、トライアスロンの参加費が高いのはそれなりに理由があるとわかってきた。

スプリントでも最低2万

マラソンやロードバイクの市民レースに比べると、トライアスロンのレース参加費は高い。最も距離の短いスプリント種目でも、JTU登録を含めると参加費は2万近くに及ぶ。

例:関東近郊のスプリントレース参加料

  • 横浜シーサイド…18,050円
  • 昭和記念公園…16,000円
  • 木更津…16,000円
    ※上記に加え、JTU登録料4,300円(東京都の場合)が必要

最長距離のロングディスタンスになると、エントリー代は軒並み4万近くになる。さらに別格のアイアンマン大会になると、セントレア70.3で5万、2015年まで行われた北海道では8万以上した。

これに比べると、ローカルなマラソンやヒルクライムの大会なら参加費は6千円程度が相場だ。例えば首都圏のレースで板橋Cityマラソンは6,500円。ツールド草津や榛名山ヒルクライムは6,000円。いずれも1/3以下で済む。

離島は旅費と輸送費もかかる

加えてトライアスロンは距離の長いレースになると、たいてい遠くの離島で開催される(2019年現在、国内開催のロング4大会のうち3つは島嶼部)。

参加するには空路かフェリーで向かう必要があり、バイクの輸送費もかかる。割安なサイクリングヤマト便を活用しても、東京から五島や宮古島まで送ると片道1万は下らない。

目的地までバイクを輪行で運べば安く済む場合もある。しかし離島に向かうにはたいてい乗り継ぎが必要で、機体のキャパから空輸が推奨されない場合もある。運賃の安い格安航空を選ぶと、ターミナルが遠くてさらに苦労する。

本土で行われるレースなら、車で機材を運んで車中泊する節約テクニックがある。これもフェリーで車を運ぶとかえって割高になってしまう。そして離島はガソリン代が高い。車は港に残して自転車分だけ追加料金を払った方が、まだリーズナブルだ。

離島のレースに申し込むと、選手受付~本番~表彰式・パーティーで最低3日がかりの出張になる。開催期間中は現地のホテル相場も高騰するので、強いて安宿やユースを活用しなければ宿泊費もかさむ。

JTU登録料という隠れコスト

トライアスロンのレース参加費が割高に感じる理由のひとつが、「JTU(日本トライアスロン連合)の登録料」という隠れコストの存在。中には登録不要のレースもあるが、たいていは必須で3~5千円程度の年会費を払う必要がある(都道府県によって料金にばらつきがある)。

マラソンの陸連登録に似ている制度だが、普通にレースに出るならまず登録が前提。年に一度とはいえ、少なからぬ出費を強いられる。

JTU会員になると、番号の書かれた薄っぺらいカードをもらえるほか、ときどき会報のような郵便物も届く。それもJCAの「サイクリングジャパン」ほど読み応えのある冊子ではない。実質的には、ほぼお布施といった印象だ。

JTU Magazine

JTUの活動内容

公益社団法人であるJTUの活動内容は、ウェブサイトで広く公開されている。日本選手権大会の開催や強化選手の支援、指導者・審判員の養成・資格認定を始め、オフィシャルグッズの販売や研究会・勉強会など多岐にわたる。

PDFで公開されている決算書や予算計画を見ると、正会員・賛助会員を除く一般アスリートの登録料は収益全体の2割程度に過ぎない。それよりも協賛権利金や大会関連の事業、スポーツ振興くじを中心とした補助金が収入の柱になっている。

一方で支出の内訳を見ると、2017年度は事業・管理部門合わせて約8,400万円の給料手当が計上されている。管理側の地代家賃や光熱費の額から想像されるのは、相当つつましい小規模な事務所だ。

そのわりに突出しているのは事業用の委託費11億で、その内訳は非公開。金額は大きいが、旅費交通費や会議費に比べるとよくわからない費目といえる。

参加者が少ないという事実

各大会の台所事情はわからないが、エントリー代が高い理由はそれなりに察しがつく。

まずこの競技はレースの参加定員が少ない。例えば2019年の定員を比較すると、東京マラソン38,000人、富士ヒルクライム10,000人に対して宮古島は1,700人。約17~22倍の差があるので、単純計算すると一人当たりその分の参加費を請求されてもおかしくない。

参加者を増やせば値下がりするかもしれないが、宮古島のスイムコースは1,700人でもパンク状態だった。マラソンに比べてバイクは接触事故が怖いので、むやみに人口密度を増やすと安全上の懸念も増す。

徳之島トライアスロンのバイクラック

現在設定されている定員は、過去30年の運営経験から管理できる範囲に最適化された人数なのだろう。

人件費、保険料、その他経費

次に、競技がスイム・バイク・ランの3種目に及び行動範囲も広いので、各パートの監視、交通規制などに必要なスタッフの数も増える。バイクを前日に預かる場合は、夜間の警備も必要だ。

皆生のような市街地のレースで、バイクもランも一般車両を全面通行止めにするのは不可能だと思う。ロングの会場に離島が選ばれるのも、比較的島内の交通をコントロールしやすいからだろう。

離島レースに特徴的なエイドの手厚いサポートは、ほぼボランティアによるものだろう。高速で通過するバイクにドリンクや食料を渡すのは危険な作業だが、毎回よくやってくれていると思う。レース後の掃除も大変なので、翌日は選手に手伝いをお願いされるケースもある。

トライアスロンは参加人数の少なさに比べて、スイム中の死亡事故が目立つ。レース参加費に含まれる保険料が高そうな気もしていたが、JTUが主催者向けに提供している補償プログラムでは1人あたり900円。死亡~後遺障害で1,500万まで出るので、短期のアウトドア保険などに比べてとりわけ高額なわけでもない。

その他、レースに伴うパーティーの会場費や飲食費は他の競技と大差ないだろう。たいていは公民館や体育館のようなところで和気あいあいと行われる。

徳之島トライアスロンのパーティー

ときにはカーボパーティーと称して大量の炭水化物が提供されることもあるが、たいして高級な料理でもない。コース内では仮設トイレを減らして学校や公共施設の便所を開放するなど、経費削減の工夫もうかがえる。

参加料はむしろ安すぎる?

上記の事情、特に参加者の圧倒的な少なさを考えると、現在のトライアスロン参加費は運営コストに対して安すぎる感じもする。大会で選手一人あたりにかかる経費は、むしろ赤字という噂もある。

宮古島トライアスロンのスポンサー企業

それを裏付けるのが離島大会における協賛企業の多さだ。宮古島でもらったTシャツに掲載されたスポンサーは数えると30社もあった。セレモニーでの会社紹介も相当長時間に及んだ。

宮古島の場合、選手と応援する人々の滞在による現地の経済効果は3億以上といわれる。それを見越した地元企業や住民との協力体制がなければ、参加費はもっと高騰するだろう。

そのほかJTUから、選手権や認定記録会以外のローカルレースに経済的な支援が行われているかは、公開資料を読む限り定かでない。

安易にハードルを下げる危険

トライアスロンの愛好家としては、毎年の参加費が安くなってくれると素直にうれしい。その一方で競技に参加するハードルが下がると、いろいろな弊害も出てくることが予想される。

まず、参加希望者が増えるとエントリーの抽選倍率が上がる。特に人気の宮古島大会でもまだ2倍というところ、もしこれが東京マラソン並みの10倍以上になるとエントリーする気が失せる。

現状では過去のレース成績も選考に考慮されるのが救いだ。「運に頼らず実力で参加を勝ち取る」という希望と目標が持てる。

事故防止という観点

多くのミドル~ロングのレースで過去の実績を重視するのは、「事故防止」という観点もあるのだろう。スイム中の死亡事故はベテランにも起こりうるというデータはあるが、バイクの事故率は経験年数に反比例すると推測される。

レース後の休憩コーナー

ドラフティング禁止なら、一般的なロードレースに比べて集団走行による事故のリスクは小さい。実際にレースで他人を巻き込むような、派手な転倒事故はあまり目撃したことがない。よく見かけるのは、路面が濡れたコーナーやグレーチング、風の強い橋の上での単独事故だ。

しかしどのレースでも道幅が狭まるところで、どうしても団子になって走る区間が出てくる。とっさにブレーキをかけられないエアロバーを握ったまま、高速域で並走するのは恐怖の体験だ。

一触即発の危険ゾーンがあってもバイクの死亡事故をあまり聞かないのは、みなそれなりに運転に慣れているからだろう。敷居が下がってロードバイクにデビューしたての参加者が増えると、かえって事故も増えそうに思う。

免許制になるともっと面倒

安易にハードルを下げて競技人口が激増すると、結果的に事故も増えて「危険なスポーツ」というイメージが強まりそうだ。そしてダイビングやモータースポーツ、スカイスポーツのようにライセンス制になってしまう懸念もある。

資格が必要となれば、教習を受けてそれを得るための費用と時間がかさむ。JTUが認定するとして、管理のコストが増せば会費も高くなるかもしれない。

そもそもトライアスロンとは別に、危険運転の目立つ自転車を免許制にすべきとの議論がある。中でもTTバイクは普通のロードより目立つ。とりあえずピストの固定ギアのように、「公道でDHバーとディスクホイール使用禁止」とされてもおかしくない。

参加費が高いのは訳がある

あえてそこまで考えれば、トライアスロンの参加費が高いことに理由はある。そして、それだけの代償を払ってでも参加したいかという覚悟をたずねられている。練習不足や故障でパフォーマンスを期待できないときに、安易な参加を思いとどまらせる効果がある。

別に趣味で取り組んでいるスポーツなので、お金がかかるとかJTUがうさんくさいと思えば、レースに出なければいいだけの話。ひとりで勝手に泳いで走り回ればいい。それでも続けたいという人がいるから、需要と供給のバランスが釣り合って相場が形成されている。

IRONMANのブランドを冠した常滑や北海道のレースが異様に高額なのも、WTC(World Triathlon Corporation)という主宰企業への暖簾代が上乗せされているためだ。それを承知でチャンピオンシップに挑戦したい選手がいるから、セントレア70.3は今でも続いている。

セントレアのアワードパーティー

市井のアスリートとして、トライアスロンの認知が広まり競技人口が増えるのは歓迎したい。しかし、レースの参加倍率が増えたり宿やフライトを取りにくくなるのは嫌だというのは、贅沢な悩みなのだろう。

ふるさと納税枠という裏技

レースの参加料を安く済ませる手段は思いつかない。せいぜい表彰台に乗るような好成績を残して、翌年の招待選手に選ばれることを目指すくらいだ。

むしろわざわざレースを開催してくれる自治体に寄付をして、感謝の意を伝える方法がある。

「ふるさと納税枠」のある自治体・レース・金額(2019年6月現在)

  • 北海道・洞爺湖町…北海道トライアスロン参加権:12万円
  • 沖縄県・石垣市…石垣島トライアスロン参加権:9万円
  • 兵庫県・加西市…グリーンパークトライアスロン in 加西:7万円
  • 千葉県・木更津市…木更津トライアスロン(スプリント枠):5万円

返礼品のラインナップは流動的で、佐渡の納税枠は廃止された代わりに10万円のチャリティー枠が登場している。東京マラソンのチャリティー枠は寄付金として所得・税額の控除が受けられるので、佐渡も同様だろう。

上記の納税枠は、普通にエントリーするより高額の寄付金額が設定されている。たとえ年収5千万以上あるような高額納税者でも、節税メリットが追加額を上回ることはなさそうだ。しかし佐渡のような人気の高いレースに優先参加できるというメリットはついてくる。