3年ぶりに受けた歯科検診で、不覚にも重度の歯周病と判明した。賢明な努力で歯周ポケットの深さを2~3mmは改善できたが、生活習慣自体をあらためなければ元の木阿弥だと思う。
いつの間にか歯周病にかかっていた原因のひとつは、おそらくトライアスロンだ。ロードバイクのロングライドや登山・トレランのたぐいも、甘い物ばかり食べて歯に悪いことだらけ。練習中だけでなく、日常生活でもハンガーノックを恐れて羊羹をかじっていたりした。
長時間のレースでは、前日に蓄えたグリコーゲンや脂肪分だけでは消費カロリーをまかなえない。競技中の糖分摂取が必須といえるトライアスリートにとって、虫歯や歯周病もまた職業病のひとつといえそうな気がする。
競技中の糖分摂取が欠かせない持久系スポーツに関して、歯の健康を維持する対策について考えてみたい。
- 虫歯になりにくい糖を摂る
- 補給回数(間食)を減らす
- 走りながらガムを噛む
- こまめに水でうがいする
- レース中に歯を磨く
1. 虫歯になりにくい糖を摂る
レース中の栄養補給は避けられなくても、虫歯菌のエサになりにくい原料からできた製品を選べばリスクは減らせる。甘くてカロリーもあるのに虫歯になりにくいとは虫のいい話だが、人工甘味料を選べばある程度は目的を果たせる。
天然甘味料は歯に悪い
最も歯に悪いといわれるのは、ショ糖(スクロース、シュクロース)。羊羹やアンパンの餡にどっさり入っている普通の砂糖は、虫歯菌の大好物らしい。
次に果糖(フルクトース)や異性化糖も虫歯菌が好むとされる。果糖ブドウ糖液糖の入ったジュースはこれに該当する。バナナやオレンジ、ドライフルーツのような果物も虫歯リスクは高い。森永のinゼリーにも入っている。
ブドウ糖(グルコース)や麦芽糖(マルトース)は歯垢の元になる不溶性グルカンの生成には寄与しないが、歯を溶かす酸の材料になってしまう。粉飴の原料であるマルトデキストリンも、デンプンがブドウ糖に分解される中間物質なので虫歯の原因にはなる。「甘くない」ポテトチップスも歯に悪いのと同様だ。
そして乳糖、オリゴ糖という、やや虫歯になりにくい糖が存在する。天然甘味料は体によさそうだが、歯には全然よくないというのが衝撃だ。
唯一、南米の植物から抽出されるステビアだけが虫歯にならないが、使われている食品はあまり見かけない。ポカリスエットのステビアも、残念ながら2007年に販売終了してしまった。
人工甘味料は歯には良い
腸内細菌を殺すとかアルツハイマーになるとか、いろいろ不安な副作用が指摘されている人工甘味料。これらは総じて虫歯になりにくい糖として知られる。
アステルパーム、アステルファムK、スクラロース、ラクチトール、マルチトール、ソルビトール、サッカリンなど。たいていのドリンクやお菓子には、甘みを強めるため添加されてりうだろう。中には「砂糖の数百倍以上」という驚異的な甘味度を誇るものもあるのに、虫歯菌は好まないというのが不思議だ。
中でも糖アルコールのキシリトールは虫歯にならない代表格。ガムや歯磨き粉の甘味料として使われるが、今のところスポーツ用の食品に使われているのは見たことがない。たとえ存在したとしても、代用糖の大量摂取は「下痢を起こしやすい」という別の問題がある。レース中にお腹がゆるくなるという副作用は、実に深刻だ。
キシリトールほどではないが、比較的虫歯になりにくいパラチノースを使ったPOWER DRINK Challengerという製品がある。血糖値が急上昇せず消化吸収は穏やかという特性もあるので、持久系競技の補給には向いていそうだ。
将来的に、虫歯予防のため「噛まずに飲み込める高濃度栄養カプセル」のようなものが出てきてもおかしくない。糖分が歯に触れなければ、細菌に対してはノーリスクだ。食べる楽しみは減ってしまうが、レース中の栄養補給と割り切れば手軽に摂取できる方が選手には喜ばれるだろう。
2. 補給回数(間食)を減らす
以上の糖分類は、「ミュータンス菌が虫歯発生の主原因」という仮説にもとづいている。この菌がネバネバした不溶性グルカンを生成し、歯垢に付着した菌が歯を溶かす酸をつくるという2段階作用で説明される。
しかし実験では、スクロース(砂糖)とグルコース(ブドウ糖)では虫歯増加率が変わらなかったという報告もある。何より虫歯は多因子性の疾患であり、唾液の分泌量や歯垢のpH(酸性・アルカリ性度合)が大きく影響するともいわれる。
また、キシリトールが虫歯菌を殺すとか、再石灰化を促すという、根拠に乏しい俗説が普及している。結局のところ虫歯の発生メカニズムは科学的に不明な部分が多いので、「○○を食べれば虫歯にならない」と断言することはできない。
その代わりに消費者として対策できるのは、虫歯予防に効果があるという生活習慣を実践することだ。そのひとつが「間食の回数を減らす」という心がけである。実際のところ、砂糖の摂取量よりも摂取頻度の方が虫歯発生に影響するといわれている。
間食すると虫歯になりやすいのは、何か食べるたびに口の中のpHが下がるからだ。歯の表面が酸性に傾くと脱灰が進む。エナメル質でpH5.5、象牙質でpH6.0~6.2が臨界値といわれ、思ったより解け始めるハードルは低い。
実際は唾液によってpHが中和され、リン酸やカルシウムにより歯の修復がうながされる。間食をすると唾液による再石灰化プロセスが中断されるので、全体的に脱灰プロセスの時間が長くなってしまうという理屈だ。
もぐもぐタイムは計画的に
そう考えると、トライアスロンのバイクパートで「一定時間/距離ごとにスポーツ羊羹を食べる」という戦略は、非常に歯に悪い習慣だったといえる。ランパートで数キロごとに設置されたエイドステーションで、毎回コーラを飲んだりオレンジをかじるのも推奨されないだろう。
虫歯菌に最も好まれるショ糖を、絶え間なく補給し続けているような状態だ。大量の発汗で脱水気味になると唾液の分泌量も減るので、もはや口の中はミュータンス菌を培養する条件が整った実験室と化している。
レース中の間食に相当する補給回数を減らせば、虫歯予防に効果はあるだろう。トレランレースの関門や山頂で休憩するように、トランジションを長めに取って補給を済ませればいいと思う。自転車の上は食事しやすい環境だが、回数は絞って1回ごとの摂取量を増やした方が歯にはやさしい。
アルカリ性の補給食を摂ればよい?
補給回数を減らすとともに、積極的に口腔内のpHを上げる戦略を考えられる。梅や海藻といったアルカリ性の食品を同時に摂取する方法だ。レース中に梅干しや酢昆布をかじれば、虫歯予防につながるのだろうか?
歯科医に質問したところ、「タンパク質を含む食品はpHを下げる」とのことなので、およそ何を食べても歯の脱灰作用は生じてしまう。しかし酸性の度合いは食品によって異なる。例えばお酒ならワイン>ビール>日本酒>ウイスキーの順にpHが小さく酸性で歯をとかつ作用が強い。
比較的中性に近いものを食べれば、唾液によって中和されやすいといえる。そして食品がアルカリ性なら、ダイレクトにpHを上げることが期待できそうではある。
しかしいわゆるアルカリ性食品というのは、「燃やした灰がアルカリ性」という意味で、そのもの自体は酸性だったりする酢や梅干しも単体では酸性だが、この基準ではアルカリ性の食品に分類される。
結局のところ、人間の血液はホメオスタシスで一定の弱アルカリ性に保たれている。アルカリ性の健康食品ブームは、要するに「野菜や海藻もしっかり摂ろう」という栄養バランスに関する啓もう活動の側面が大きいと考えられる。
3. 走りながらガムを噛む
梅干しやスルメを噛むと歯に良いといわれる理由は、直接pHを上げるというよりも、中和作用のある唾液の分泌をうながすためだ。
梅干しはクエン酸も含むので、レース中に摂取するとプラスの面が多いだろう。自転車を漕ぎながらスルメや昆布という固い食べ物を噛むのも、なかなか風情がある。
しかしながら、シンプルに唾液分泌という目的に特化するなら、ガムを噛むのが手っ取り早い。カロリー摂取は望めないが、ジェルやドリンクで補給した後はガムを噛んで唾を多めに出すのが、虫歯予防に効果的といえそうだ。
理屈はともかく、「キシリトールが虫歯予防に効果あり」という点については、比較的エビデンスが揃っているようだ。大容量のボトルをバイクに装着して、バイクに乗っている間ずっとガムを噛み続けるのもありだろう。
4. こまめに水でうがいする
レース中に歯を磨くのは難しいが、水でうがいすることはできる。競技中の水分補給には、ミネラル分を含むスポーツドリンクの方が効率はよい。しかし飲料や補給食を口にするたび、水で口をゆすぐというのは手軽にできる虫歯対策だ。
距離の長いミドル以上のレースでは、宮古島大会のルールと同じくボトルケージを2つ以上設置するのがおすすめ。水の入ったボトルは常に差しておき、もう片方にエイドでもらえるスポーツドリンクを差すようにする。
何か甘いものを口にするたび、水でうがいしつつ飲み込めば、こまめな水分補給も兼ねられる。口の中が甘ったるくなる状態も解消できて、リフレッシュ効果も期待できる。虫歯の予防としては、緑茶に含まれるカテキンも有効らしい。
体にかけて冷やしたり、けがした傷口を洗ったり、ハンドルや手についたベタベタを取る目的でも水は多用途に使える。バイクの総重量は増えるが、レース中に水ボトルを一本常備しておくのは経験上、非常におすすめだ。
5. レース中に歯を磨く
トライアスリート向けの新兵器として、ボール状の使い捨て歯ブラシが役に立つかもしれない。ローリーブラッシュというイタリア製の製品が輸入されている。
口の中に入れて数分転がすだけで汚れを除去できる。ミント香料やキシリトールも添加されているので、爽快感も得られそうだ。ミント以外にピーチ味もある。
レビューは賛否両論さまざまだが、少なくとも水でうがいするだけよりは効果がありそうだ。何よりハンズフリーで歯磨きできるというのが画期的だ。球状歯ブラシは自転車乗りの間で広まれば、爆発的に売れそうな予感もする。
日常的に使ってみたい気はしないが、今度ロングライドやレースに出る機会があったら試してみたいと思う。
ゴールした後にしっかり歯を磨く
1日のうちで最も菌類の活動が活発化するのは、唾液の分泌が減る睡眠中といわれる。そのため『100歳まで自分の歯を残す4つの方法』という本では「1日1回しっかり歯磨きするだけでも効果的」といわれている。
レース中に立ち止まって歯を磨くのは現実的でないが、終わってからしっかり磨けば負債は返済できるかもしれない。ゴールして急ぎの栄養補給を済ませたら、そのまま歯を磨いて口の中をリセットするのは効果が大きいだろう。
長時間のレースを走ったあとにそれほど余裕があるかは不明だが、うがいしたりデンタルフロスで食べかすを取るだけでも、まだましだと思う。ゴールの直後から、すでに次のレースに向けて準備は始まっている。