アスリートの膝を粉砕するUnhappy Triad、ACL・MCL手術について

2年ほど前にロードバイクで右膝を痛め、前十字靭帯(ACL)と内側側副靭帯(MCL)の手術を受けた。

膝を強く外側にひねることにより、ACL・MCLと内側半月板も同時に痛める典型的な症状はUnhappy Triad(不幸の三兆候)と呼ばれる。ランニングや自転車に乗っていてこれを体験する人はまれだが、バスケやラグビーのようなコンタクトスポーツでは頻繁に出てくる。

ACL・MCLの損傷について、受傷から手術にいたるプロセスをメモしておこうと思う。

けがした後はそれほど痛くない

落車した際、右足を不自然にひねったらしい。しばらくは起き上がれないほど痛かったが、昔経験したすねの骨折ほどひどくはない。病院で応急処置を受け、シーネ(添え木)で固定してもらってその日は松葉杖で帰った。

受傷直後のレントゲン写真(右膝)

受傷直後のレントゲン写真(右膝)

単純な打撲かと思ったが、当日の夜になって膝が異様に腫れて痛みはじめた。けがした直後はアドレナリンやエンドルフィンが出て、痛みを感じにくくなるらしい。振り返ると当日は病院でも妙にテンションが高かった気がする。ランナーズハイならぬ迷惑なけが人だ。

実際のところ、これらの脳内物質にはモルヒネ以上の鎮静作用がある。たいしたことないと思っても、時間が経つと腫れて痛みが出る。次の日の朝になって重傷と気づくのは、よくある話だ。

MRIでわかる靭帯損傷と骨挫傷

翌日病院でMRIを撮ってもらい精密検査を受けた結果、診断はACLとMCLの損傷。どちらの靭帯も完全断裂とまではいかないが、伸びきって役に立たなくなってしまったらしい。

受傷翌日のMRI画像(右膝)

受傷翌日のMRI画像(右膝)

事故後のレントゲンでは見えなかったが、MRIの方で骨挫傷も発見された。上の画像で大腿骨の顆部に、もやもやした影が見える。痛みの原因はどちらかというと骨の方だろう。骨の挫傷というのは放っておけば自然に治るようだ。

半年後に手術を受けた際、半月板や軟骨の損傷も判明。2本の靭帯とこれを同時に痛める、典型的なけが(Unhappy Triad)だとわかった。靭帯がカバーできる範囲を超えて膝が回ったため、半月板や軟骨・骨も衝突してダメージを受ける。外側からは腫れて見えるだけだが、中身は結構ひどいことになっていたようだ。

切れても問題ない靭帯たち

半月板と軟骨には神経組織がないせいか、ロキソニンの痛み止めを内服するだけで苦痛はやわらいでくる。膝の腫れも徐々に引いて、11日目には装具に切り替えて歩けるようになった。

しばらく松葉杖で生活する間は、関節が固まらないよう、足首は積極的に動かすよう指導される。石膏ギプスと違ってシーネは包帯で着脱可能。外してシャワーも浴びられる。杖が取れたら、今度は脚全体の筋力と柔軟性を取り戻すためのリハビリが始まる。

シーネで固定した右脚

ACLやMCLという靭帯が用をなさなくても、日常生活ではそれほど困らないようだ。たまに膝が崩れたり、変な風にぐらついたりすることはある。もし高齢で余命が短いとか、激しいスポーツをする予定がない場合は、わざわざ手術せずに様子を見るという選択肢もある。

ただし靭帯が緩んだままだと、将来的に変形性膝関節症に発展するリスクが高まる。また競技に復帰したいかどうかは趣味の問題だが、老後の不安を考えると手術を受けた方がよいと判断した。

手術前のリハビリが大事

ACLの再建では、手術の前にできるだけ膝を柔らかくして、筋肉をつけておくように言われる。術後はしばらく固定するので柔軟性も筋力も落ちるのだが、できるだけ「溜め」をつくっておくと戻りがいいようだ。

同時に受傷した左膝の方が悪化したので、そちらの半月板手術を先に受けることになった。その間は靭帯がゆるんだまま右脚で松葉杖生活できたくらいだから、ACL・MCLはなくてもそれほど困らない組織なのだろう。

出張先から戻って病院を移ったこともあり、緊急性のない手術は先送りになった。けがして3か月後に左膝手術、その3か月後に右膝の手術を実施。それまで半年間は、みっちりリハビリに取り組むことができた。

両膝同時に手術することも可能と言われたが、術後は車椅子になってしまうので生活に不便だ。時間はかかるが松葉杖が使えるよう、片足ずつ治療してもらうことにした。

ACLの再建手術

現在主流のACL再建術には、ハムストリングの半腱様筋腱や薄筋腱を採取して移植するST/STG法や、膝蓋腱を採取するBTB法がある。後者は固定強度が必要な激しいスポーツ選手向けというイメージ。自分の場合は前者の術式が適用された。

膝の内側、下の方を切開して引き抜いた腱を折り畳み、縛って補強した上でACLの位置に移植する。脛骨と大腿骨に斜めに穴を開けて、腱を通してチタン製のピンで留めるというワイルドな方法だ。下半身に麻酔は効いていても、ドリルでゴリゴリ骨を削る振動は伝わってくる。

ACL再建手術後の状態

ACL再建手術後の状態

1年くらい経つと骨と腱が癒着して次第に強化され、100%互換ではないが靭帯の代わりを務めてくれるらしい。子供の頃、肘を骨折した際にも手首の長掌筋腱を移植した経験がある(トミー・ジョン手術)。人の体内には、進化の過程で使われなくなった腱が存在するのだ。

勝手な推測だが、いまだに不要な組織が残っているのは「別の関節に移植できる」という外科手術上の優位性を反映した、自然淘汰の結果でないかと思う。もしACLが再断裂しても、どこかしらの腱を採ってくれば、また再建できるのだろう。

固定金具は取らなくてもよい

ACLの固定に使ったピンとネジは、もう一度手術して取り除くことができる。しかしそのまま残しておいても問題はないらしい。年月が経つと癒着が進んで取れなくなるという話も聞くが、それは成長過程の子供の場合だろう。

わざわざ痛い思いはしたくないので、今のところ放置している。触ると少し出っ張りがあるのを感じるが、痛みや違和感はない。レントゲンには金具がくっきり写る状態でも、小さいので空港のセキュリティーゲートが反応することはない。

体内に埋め込んだパーツが再び外界に出てくるのは、自分が死んで火葬されたあとだ。人工関節などに比べれば、歯の詰め物くらいの異物感しか覚えない。

MCLの縫合手術

MCLを縫うために、膝の内側に3cmくらいの傷をつくることになった。それに比べるとACLの再建は大工事なわりに、外に見える傷は小さい(ハムの腱を抜く傷と、関節鏡用の穴2つ)。

MCLは他から移植することなく、弛んだ腱を引っ張りあげて縫い付けるだけらしい。そのため完全に元に戻ることはなく、術後もグレード2の動揺性が残った。自覚症状として膝の内側に痛みが出ることはない。ただし膝を伸ばしてロックした状態でなければ、膝が外側に折れやすいクセがある。

「外反ストレステスト」という徒手検査で外向きに力を加えると、膝がぐらっときて気持ち悪い(痛みはないが、ストッパーが効かない恐怖)。日常生活では、靴を履いたり段差でつまづいたりすると、膝に不安を感じることがある。

普通に歩いたり走ったり、自転車に乗る上ではほとんど支障がない。マラソンやロードバイクで膝の靭帯を痛めるとしたら、突発的にひねるというより、長時間使用で炎症を起こす場合が大半だろう。MCLがゆるんでいても、たいしてパフォーマンスに影響は出ないと思う。

陸上競技のACL損傷は少ない

治療を受けたスポーツ系の整形外科では、毎日のように患者が出入りして流れ作業で手術室へ運ばれて行った。病院で見るのは部活でけがした若い人が中心で、種目はサッカー、バスケ、ラグビー、バレーボールなどが多い。

ランナーやトライアスリートには一人も会わなかった。統計的には上記の競技に比べて、1/100くらいの確率でしかACL損傷は発生しないようだ。まわりで同じけがを経験した人もおらず、参考になる話が聞けないのは残念だった。

そういうこともあって、マラソンやトライアスロンにおける膝疾患の影響について報告していこうと思う。愉快な話ではないが、少しでも参考になる人がいればさいわいだ。