岐阜と福井の県境にあたる山奥の温見(ぬくみ)峠。国道157号の中でも過酷な区間で、全国有数の「酷道」と呼ばれる。2年前に走ったときは、途中から土砂崩れで通行止めになっていた。
12月の冬季閉鎖前に、ロードバイクで温見峠に再挑戦してみた。標高は千メートルほどで坂はきつくない。しかし路面は荒れ果てて水没した個所もあり、帰りはパンクしてさんざんな目に遭った。
一度くらい見学してみる価値はあるが、普段の練習に使うには過酷すぎるコースだ。グラベル好きのマウンテンマゾヒストにしかおすすめできない。
樽見駅から温水峠に向かう道
今日のスタート地点は樽見駅。山奥の終点まで輪行も可能だが、ここまでの国道157号は補給地点も多く、いたって走りやすい。がんばれば名古屋から国道22号(名岐バイパス)を乗り継いで自走もできる。
樽見から温見峠までは片道30km、標高差は800mほどある。長い距離をかけて上るので、勾配は全体的にそれほどきつくない。特に途中のゲートを抜けるまでは、ほぼフラットな直線道路だ。
途中に貴重な補給スポット、道の駅「うすずみ桜の里・ねお」がある。この立地にしては、温泉とホテルも併設された豪華な施設だ。
さらに先には源屋という食事処がある。看板の文字は「営業中/やってます」ではなく「行けます」。ここから先は豪雨・積雪の自然災害で、通行止めが多いルートだ。
道の駅の付近では、のどかな田園風景を眺められる。田んぼの中にポツンと立っている煙突は火葬場で、沿道には墓場が多い。この地域は集落ごとに火葬場が設けられている。
赤い欄干の橋を渡ると、「大型車通行不能」の標識が現れ次第に道幅が狭くなる。その後の道路情報によると、今日はまだ通行可能になっていた。
国道157号沿いには温見峠の通行状況があちこちに表示されているので、通行止めかどうかは早めに知ることができる。
落ちたら死ぬ
峠に向かうゲートの前には、有名な「落ちたら死ぬ!!」の看板がある。157号が別名「酷道」と呼ばれるゆえんだ。
ゲートの先には祠や地蔵が設置されている。こんな場所でもお供え物があるところを見ると、通りがかる人もいるのだろう。地蔵の先には小規模なダムがある。根尾側・揖斐川には巨大な徳山ダムや上大須ダムの他にも、いたることろにダムが設けられている。
黒津の分岐から先は工事中で立入禁止になっていた。温見峠に行く途中に、猫峠という迂回路がある。遠回りになるが、157号はガードレールのない危険な区間が多いので、そちらの方が安全という噂もある。
2年前の土砂崩れ地点
しばらく進むと根尾側の川原にたどり着く。ここまで来るとまったく人けはなく、霧が出ると三途の川のような風景になる。
2年前に崩落していた個所には、新しい砂防ダムができていた。道は悪いが治水対策はしっかり行われているようだ。
途中に林業用の作業小屋を見かけたが、冬季閉鎖間近のこの時期には人のいる気配がない。ところどころ小規模な集落のようなものもあり、どうやって暮らしているのか謎だ。
11月末の平日でも、福井側から峠を下ってくる車と3台すれ違った。自転車ならともかく、自動車で温見峠を越えてくる人はよほど腕に自信があるのだろう。対向車が来たら、ガードレールのない崖っぷちを100mくらいバックしなければならない。
このあたりの森は「大河原国有林」だが、部分的に私有林も混ざっている。中には恐ろし気な警告が貼り出されいる林道ゲートもある。
その後に通過した猫峠林道の合流地点も、今日は工事中のため全面通行止めになっていた。
ペダルごと水没する「洗い越し」
2つ目の小規模ダムまでは、道も平坦で落石に気をつければ登坂は難しくない。しかしそこから3か所ほど、「洗い越し」と呼ばれる水場に遭遇した。結構な水量が路面を流れているので、減速して走った方がよい。
最初は水たまり程度だったが、2番目に出てきた洗い越しは滝のようだった。自転車に乗っていても、ペダルが水没して靴が濡れそうになる。雨の降った後なら、もっと水量が増すのだろう。
3番目の洗い越しは、もはや普通に「川」といえるレベル。だんだんハードルが上がる障害物レースのようだ。これでも岐阜と福井をつなぐ幹線にして政令指定の国道。
流れにハンドルを取られないようにペダルを回す必要があるので、またシューズが濡れてしまった。冬場はつま先が冷えてつらい。
157号では崖や落石だけでなく、洗い越しも難関だ。ロードバイクでもGORE-TEXなどの防水シューズを履いてくることをおすすめしたい。クマ注意の看板もあったので、熊鈴も必須といえる。
温見峠のラスト3kmは急坂
途中にある治水事業の案内板に「温水峠へ3km」という札が貼られていた。ここから先は川から離れ、どんどん標高が上がっていく。ラスト3kmはようやく本格的なヒルクライムという雰囲気になった。
対向車はめったに来ないので、勾配のゆるいコーナー外側を選んで走っても危険はない。
ガードレールに貼られた「温水峠へ1km」の表示を過ぎて、ほどなく標高1,020mのピークに到着。福井県と岐阜県の県境にあたり、能郷白山への登山道入り口もある。ふもとから登る能郷谷ルートより近道になるが、そもそもここまで車でアプローチするのが難しいと思う。
たまたま福井側からパトカーが来てポストの登山届を確認していた。聞けば冬の積雪期でも尾根伝いなら山頂まで歩けるらしい。
今日は峠で引き返したが、ここから福井側もどんな道になっているのか興味津々だ。西にある冠山峠を経由すれば、福井の大野市~池田町を周回して岐阜に戻って来ることもできる。
ダウンヒルは落石と崖に注意
温見峠からの帰りは雲行きが怪しくなり、少し雪も降ってきた。完全に冬装備でグローブも2枚重ねて着けたが、風が強くて下りは冷える。
ダウンヒルはスピードが出るため、落石には特に注意が必要。路上には、両手で抱えられるサイズの尖った石が無数に散りばめられている。だいたい1kmごとに、漬物石のような巨大な岩石まで転がっている。
万が一乗り上げたらタイヤのパンク程度では済まされず、ホイールまで壊れてしまうだろう。
走行中はキープレフトが原則だが、峠から岐阜方面への下りは左が常に川へ落ちる崖になる。中には道が狭く、ガードレールもロープも張られていない危険個所がある。
ハンドル操作を誤って落ちたら死ねるゾーン。車が来なければ、道の真ん中を走った方が安全だ。視界の悪いカーブにはミラーも設けられている。
帰り道でまたパンク
慎重に走っていたつもりだが、黒津の猫峠分岐前で後輪が派手にパンクしてしまった。タイヤには目立つ穴が見当たらず、特に異物を踏んだ覚えもない。
さすがのチューブレスタイヤも8か月ノーメンテだったので、シーラントが役に立たなかったようだ。搾りかすのようなさらさらした液体が、タイヤのまわりから漏れるだけ。ためしに携帯ポンプで空気を入れてみたが、タイヤの内圧が上がる手ごたえはなかった。
パンクの原因が不明なうえ(後で調べたら見えない部分のサイドカットだった)、風も強くて寒かったので、安全に修理できるところまで歩いて下ることにした。さいわい時刻はまだ15時台だったので、樽見まで残り10kmほど歩いても日暮れまでにはたどり着ける。
2年前にこの道を走ったときも、やはり帰りに栗のトゲを踏んでパンクした。温見峠から無傷で戻ってくるのは難しい。
落石で荒れた路面に、足が濡れるほど深い「洗い越し」。狭小道路にガードレールなしの断崖など、国道157号・温見峠は想像以上の悪路だった。
話のネタに一度上ってみるのはありだが、普段の練習コースにはまったくもって向いていない。よほど頑丈なグラベルタイヤを履いていなければ、パンク修理が面倒なだけだろう。それよりは手前の馬坂峠を抜けて、徳山ダムの方を周回した方が安全で快適といえる。